ガソリンの値下げがネタの宝庫な件(その1:ドライバー行動編)


追記:若干の補足を書いてます。こちらもご参照いただければ。
ドライバー編への若干の補足




これほどまでに条件が整った大規模な社会実験をやってくれたんだから、経済学者の方々は今ごろデータ収集に奔走していることだろう(挨拶)。



ガソリンの価格弾力性がわかるんじゃね?


価格弾力性とは「あるものの値段が1%上がったら需要は何%変動するか」という関係のこと。この価格弾力性が小さいものは生活必需品だったりするので、値段が上がっても売れ行きにそんなに差はでない。逆に大きいものだと「けっ、こんな高いもん買うかよ」と言われて売れなくなる*1


ガソリン税率の水準はいくらであるべきか - 岩本康志のブログ」では、「ガソリン消費の価格弾性値は短期で-0.2程度,長期で-0.6程度」と言っている。ただしこれは欧米を中心とした調査によって求められたもので、日本の価格弾性値がどの程度かという研究はあまりなされていないらしい。


まあそのへんは措いとくとして、仮に日本でも短期の価格弾性値が「-0.2」だとすると、3月末の時点でのガソリンの価格が大体140円代前半だったので、今回の25円程度の値下げは約17%程度の価格変化になる。ということはこの「-17%」に「-0.2」をかけた「3.4%」程度のガソリン需要の増加が起きるはず。


4月以降どの程度のガソリン需要増が起きたかを調べる簡単なお仕事です。そしてさらに数ヵ月後にはまた値段が上がるわけで、逆のほうの検証までできるというおまけ付き!右派右派じゃない、ウハウハでしょ。



行動経済学の「価値関数」「損失回避性」「参照点」とか


上とも関連するんだが、ドライバーの人たちの行動から「行動経済学」の分析ができるんじゃないかとも思っている。「行動経済学」とは「感情、直感、記憶など、心の働きを重視し、私たちの現実により即した経済学を再構築しようとする新しい学問」とでもなる。この説明は「行動経済学 経済は「感情」で動いている (光文社新書)」のカバーの要約から引っ張ってきた。


で、この本の第4章「プロスペクト理論(1)」に出てくる「価値関数」をこのガソリン騒動で見ることはできないだろうか?というのが思いつき。

「価値関数」とは

価値関数ってのは下のチャートの赤い線のようなS字型の曲線のこと。横軸は右のほうが「利得(=Gain)」で、左のほうが「損失(=Loss)」。縦軸はその利得・損失のときにその人が得られたと思う「価値(=Value)」となる。



これみてわかるとおり、人は必ずしも得た利得や損失と比例した価値を感じるわけではないってこと。例えば1万円が2万円になると「キタ━(゚∀゚)━!!」ってなるけど、100億円が101億円になっても「( ´_ゝ`)フーン」程度になっちゃうってことね。

「損失回避性」とは


もう一つは「損失回避性」。このチャートじゃよくわかんないかもだけど、人は「利得」の喜びよりも「損失」の痛みのほうを深刻に感じちゃうってこと。


例えば次の二つのセットのくじを考えて欲しい。

A:85%の確率で1万円がもらえるが、15%の確率でなにももらえないくじ
B:確実に8000円がもらえるくじ


C:15%の確率でなにも払わなくていいが、85%の確率で1万円払わないといけないくじ
D:絶対に8000円払わないといけないくじ

多くの人が上では「B」を選び、下では「C」を選ぶ。ただこれらの期待値を計算すると以下のようになる。

A:8,500円
B:8,000円


C:-8,500円
D:-8,000円

なので、本来なら「A」「D」が選ばれるべきなのだが、これとは逆の行動を選んでしまう人が多い。つまり、利得に関しては「リスク回避的=確実に儲かるほうを選ぶ」ということであり、損失については「リスク選好的=なんとかして損失を避ける方法はないかとあがく」ということ。言い換えれば、人は損失についてのほうが感じる痛みが大きいので、なんとかしてこれを避けようとする傾向があるってこと。

「参照点」とは


そして最後に「参照点」があるってこと。「完全に合理的な人」だったら、4000万円が3000万円になったときの価値と、1万円が100万円に増えたときの価値を比較した場合、最終的に残ってる金額を比べて、「まだ3000万円のほうが価値が高い」と判断するんだが、僕らじゃそうはいかない。絶対に「3000万円になっちゃった(´・ω・`)ショボーン」となるし、逆に「1万が100万に化けたぞー!(`・ω・´) シャキーン」となる。


この心理の動きを持たせるために、「価値関数」の原点は「現状」をあらわしたものとなる。例えば先の例でいえば、「最初に持っていた4000万円が3000万円に減っちゃった」例では「最初に持っていた4000万円」の状態が原点になるので、価値関数上では「1000万円のロス」になるし、もう一つの「1万円が100万円」の例では最初に持っていた「1万円」が原点になるので、これは「99万円の儲け」って事になるってこと。



「損失回避性」で今回のガソリン騒動を見てみると・・・


さて、この「損失回避性」を今回のガソリン騒動に当てはめてみると次のようなことが言えるんじゃないかと妄想している。

近い将来税金が復活して結局また減税前と同じ水準に戻ったとしたら、そのときの不満は今回の値下げの喜びをはるかに上回るかも
今回の「値下げ」で得た利益より、次の「値上げ」の損失のほうが同額の価格変化だったとしても痛みは大きい
小幅な値下げを複数回に分けてやったほうがトータルで感じる利益は大きかったかも
いきなり一日で25円も値下げするんじゃなくて、一回5円程度の値下げを5回やったほうがうれしいのかも
逆に、税金が復活して値上げをせざるを得なくなったときには一気に値上げをすべきかも
小幅な値上げでちくちくいじめるよりは、どかっと痛みを与えたほうがトータルの痛みは小さいかも


この行動経済学に基けば、「段階的に値下げ、一気に値上げ」という政策がおそらく感じる痛みが一番小さい望ましい政策ということになるが、民主党にせよ自民党にせよ、多分これとは全く反対の政策を取るんだろうなと予想。


「一気に値下げ」の次に来るのは「段階的な値上げ」だろうから。



ガソリンの入れ方に「参照点」を見て取れるかも


追記:あった、この記事だ。
暫定税率:期限切れ 「やっと下がった」満タンに、客急増スタンド“油汗” /和歌山(毎日新聞) - Yahoo!ニュース


どのニュースで読んだのか忘れたが、ある男性ドライバーが「ガソリンが値上がりしてからずっと1000円分とか10リットルずつしか入れてなかったが、これで満タンにできる」とうれしそうに話していたという記事。これって価値関数的にはこんなふうに説明できるかも。


例えばの話、「一日あたりの走行距離がほぼ一定(例えば車通勤の人とか)」だとしたら、値段が変わらないのであれば、ちょこちょこ買う意味はあまりない。まあ確かに3月31日とかに給油するんだったら少なめに入れるのはわかるけど、値段があんまり変わらない時期に小幅に給油する意味は全くない。


しかも価値関数によれば「小幅な損失」よりも「でかい損失」のほうがトータルで見た場合の痛みは少ないはずだから、「ちょこちょこ小幅に」よりも「一気に満タン」のほうが価値関数的には正しいような気もする。



でもこれは「参照点」が変わりうるというので説明がつくかも。ようは、本来であればガソリンの値段が下がった「4月以降」で見れば意味がないんだが、仮に「3月31日」の価格を考えると、本来ありもしない「お得感」を感じてしまうということ。


3月末までであれば「満タン=7,000円」だったものが、4月以降では「満タン=4,500円」になって、この差の「2,500円」を満タンにするたびに喜びとして感じてしまうというもの。


当分値段は変わらないんだろうから、別に10リットルだろうが、満タンだろうが1リットルあたりの値段は一緒だから、一回の給油の量を変えたところで意味は全くない(逆にいえば頻繁にガソリンスタンドに行くと機会費用のほうがでかくなるんだがな)。ただ、安くなったということを実感したいがために満タンにこだわるんだと考えると、この行動にもある意味説明はつく。




で、別にこういった行動はドライバーが非合理的という話じゃない。人間の心理というのはこういう風になっているというだけの話。実際、脳の機能がこういう風に感じるようになってんじゃね?という研究結果が出てきてたりもするし。

競馬や株の予測外れは脳が原因?スイス研究報告 国際ニュース : AFPBB News




長くなっちゃった。これとは別にガソリンスタンドの行動も書きたかったんだよな。というわけで、このネタ続く。

*1:価格弾力性通常マイナスなんだが、これがプラス(つまり値段が上がると売れる)という奇妙なものもなかにはある。一部のブランド品とかがそうじゃないかといわれてる