Morgan Stanley「ウィークリー・インターナショナル・ブリーフィング(2006/10/12)」
面白かったのは「グローバル:中国の企業収益を巡る大論争」と「グローバル:危険な傾向−政府の役割に見られる変化」あたり。
「グローバル:中国の企業収益を巡る大論争(Then Great Chinese Profits Debate)」Stephen S. Roach
世界銀行が発表した論文*1によると、中国における大幅な国民貯蓄率上昇の大半は企業の貯蓄と利益率の著しい上昇に由来する、(中略)中国の国民貯蓄率はGDPの約50%と推計される
らしい。で、一番笑った驚いたのが、留保利益に由来する税引後の企業貯蓄は2005年時点でGDPの20%余りに達したと推計している。世界銀行はこれに基づき、銀行による企業固定資産投資のファイナンスは約3分の1に過ぎず、50%以上は内部留保でファイナンスされている
というくだり。
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ミ / ,――――-ミ / / / \ | | / ,(・) (・) | (6 つ | | ___ | / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | /__/ / < なわけねぇだろ! /| /\ \__________
で、当然この世界銀行のレポートに突っ込んでいる人がいるわけで、その方はTPG NewbridgeのWeijian Shan氏。同氏のレポート*2では、世界銀行の推計について大きく次の3点の欠陥を挙げている。
- 国民所得(SNA計算って意味なのかな?)に基づく貯蓄及び企業利益率指標と、企業や投資化が使う「企業利益」の指標は違うだろ
- ま、そらそうだ。ついでに世界銀行の推計では所得税や政府補助金が控除されていないらしい。
- 仮に世界銀行のシナリオが正しいとすれば、時間経過とともに「負債/株主資本比率の低下」と「株主資本利益率(ROE)の大幅な上昇」が起きないとおかしいだろ ⇒ 起きてないよね
- 前者の「負債/株主資本比率の低下」ってのは、内部留保で投資のファイナンスしてるんなら負債は減るだろということ(分母は一定だから、分子の負債が減れば当然比率は下がる)ということ。後者の「ROEの大幅な上昇」ってのは、世界銀行によれば企業の利益率の大幅な上昇がおきてるのであれば当然ROEも上がるよねという話。
- 世界銀行の見方だと、上記のような指標は「国有企業から引き継いだ低調な利益を奇跡的に改善させた中国企業部門の力強さを物語る」ことになるんだが
- なわけねーだろ
ま、どっちにしたって世界銀行の推計はおかしいだろという話だが、あとこのレポートを書いたモルスタのRoach氏の次の指摘が面白かった。
「グローバル:危険な傾向−政府の役割に見られる変化(Dangerous Trends - The Evolving Role of Government Across the World)」David Mikes
こっちは経済における政府活動が占める割合は一貫して拡大してきている点をまずは指摘。で、この政府活動の原資は税金なわけで、税負担があまりに重くなりすぎると経済活動が縮小し、結局税収も落ち込む危険性があるという「ラッファー曲線」を紹介。で、世界各国の税負担はこのラッファー曲線の危険水準にどの程度近づいているのかを分析した物好きな経済学者の論文を紹介している*3。
そもそも「ラッファー曲線」自体どうなのよという議論はあるんだろうが、計量経済的にそれを推計したってあたりはよくやるなあと素直に感動。
主な結論は次のとおり。
- 主要先進国はどこもまだ危険水準には到達していない模様
- ただし、欧州全体平均では労働と資本に対する税率がこれ以上上昇すると税収が落ち込む可能性がある
- 労働所得に対する税率は自己破滅的な水準から5%以内にあるかも
- 資本に対する税率はさらに危険水準に近い
まあラッファー曲線なんて持ち出さなくてもこれくらいのことは言えるんじゃないのかとか野暮なツッコミも浮かんだりするわけだが。この先は「政府支出を押さえるよう圧力をかけるか、それとも税収を前提とした政府部門を介さずに、例えばPFIとか使って公益事業を民営化/証券化させるとかすれば税負担は抑えられるんじゃね?」という投資銀行マンセーな提言をかましてくれております。営業ご苦労様です。
*1:Louis Kuijs "Investment and Savings in China" World Bank Policy Research Working Paper 3633, 2006/June
*2:Weijian Shan " The World Bank's China Dlusions" Far Eastern Economic Review, 2006/Sep
*3:Harald Uhlig & Mathias Trabandt, "How Far From the Slippery Slope? The Laffer Curve Revisited", Center for Economic Policy Research Discussion Paper No. 5657, September 2006