持ち家は『資産』ですよね

持ち家は「負債」であるか? Letter from Yochomachi

昔のメリケン渡来のお金儲けノウハウ本(『金 持 ち 父 さ ん 貧 乏 父 さ ん』)に「収益を生むものが資産であって、収益を生まない資産(持ち家など)はすべて“負債”である」との記述

(注:どうもこの書名を書いてるとくだらないスパムトラバが飛んでくるようなので、ちょっと対策)


単純にこの記述は間違い。持ち家は「資産」ですよ。


【追記:「節子、それ「負債」やない、「遊休資産」や(2007/3/5)」で、この本で言うところの『資産』と『負債』の意味と、なんでこれが間違いと思ったのかについて説明を書いてみた】


ただ、しがないサラリーマンの人生を考えた場合、現在の日本で「持ち家を買う」という投資戦略は「単に負債抱えて人生のリスクを増やしているだけ」と同義になっちゃってるかもなと思ったりはする。



家計のバランスシート(B/S)を考える


バランスシート(以下、B/S)を書いてみれば持ち家が資産なのは当たり前の話。


B/Sは左側の借方に「資産(Asset)」、右側の貸方に「負債(Debt)」「資本(Equity)」で構成される。



資産には「流動資産」と「固定資産」がある。現金とか金融資産は流動資産に分類される。持ち家とか土地なんかは固定資産。なので持ち家は資産です。以上。


・・・というのも味気ないので、もうちょっと色々考えてみる。


さて、まず持ち家を持っていない家計のB/Sを考える。このとき他の固定資産はないとする。そうすると資産(A)の部分は現金とか預金とかの流動資産だけ。一歩の貸方の部分は借金がないとすれば資本のみで構成される。


ここで借金を全くせずに手持ちの現金で持ち家を買ったとする。その場合、変化するのは資産の側の内訳のみ。流動資産(例えば預金)が固定資産(ここでいえば持ち家)に置き換わるだけ。



次に、借金をして持ち家を買ったとする。この場合はB/Sが大きくなる。資産の部分に「持ち家」という固定資産が増え、それと同額の負債がB/Sにのっかってくる。図で書けばこんな感じ。



この借金をして資産を増やすことを「レバレッジ」というんだが、少ない自己資本でも大きな資産が活用できるという古典的なファイナンス手法。ま、普通の企業はこのレバレッジを効かせて事業を行っているわけですな。借金して工場を建設するとか、企業を買収するときに借金して買収するとか(これがLBO:Leveraged Buy-Outといわれるもの)といった話ですね。デイトレーダーの皆様方がよくやる信用取引(既存の持株を担保にして借金をしてさらに株を買うという取引)とかもレバレッジですね。


このレバレッジをやってB/Sを膨らませると何がおきるのか。「レバレッジ - Wikipedia」を見てもらえばわかるが、ま、ようは自己資本利益率を高めることができるわけです。他人の褌で相撲をとることが可能になるというか、まあそんな感じ。

サラリーマン一家におけるレバレッジ効果は限定的


さて、企業がレバレッジを効かせるのにはちゃんとした根拠がある。企業が所有する資産は普通キャッシュフローをもたらしてくれるものだ。工場の設備だったり、買収した企業だったりその他諸々。例えば、100億円の工場を建設すれば儲かるんだけど、手元に現金はないよという場合、企業は借金して工場を建てればいいって話になる。これは企業の持つ資産はキャッシュフローを生み出すことが前提になっているからであり、この場合はレバレッジを効かせることに意味がある(ただし、あんまりレバレッジを効かせると、今度は工場作ったけど商品が売れないってことになったら、借金が返せなくて倒産しちゃうというリスクも高まる。なのであんまりレバレッジを効かせすぎるのも考え物ではあるけど)。


ではサラリーマン家計の場合はどうか?


結論から言えば、持ち家はサラリーマンのキャッシュフローを増やさない。店舗にでも使うのなら別だが、いわゆる一般のサラリーマンが居住用に買う一戸建てはキャッシュフローをもたらしてくれたりはしない。


しがないサラリーマンのキャッシュフローの源泉は「給料」であり、この給料は「自分の体と頭」でしか稼げないものだったりするので、持ち家を買っても(やる気が出るといった副次的な効果はあるかもしれないけど)キャッシュフローには影響がない。


「給料」というキャッシュフローが特に増えないのに、借金をしてまで(=レバレッジを効かせてB/Sを膨らませてまでして)わざわざ持ち家を買って何が嬉しいのかという話だが、これには四つくらいの理由が考えられる。

「持ち家」を持つことのキャッシュフローインセンティブ


まず第一は、賃貸に払っていた家賃分のキャッシュアウトがなくなるという話。まあローンにそのぶん払ってりゃキャッシュフロー的にはたいした違いはないんだが、一応資産形成にはなってるしね。それに年取っちゃうと部屋を借りられなくなったりするリスクもあるので、とりあえず安心して住める家を持っとこうという話。


二つ目は、多少の節税効果があるという点。日本の場合、住宅ローンの支払の一部は損金扱いされて所得から控除されるので、仮に月々のローンと全く同じ額の賃貸に住んでいる場合に比べると、多少は税金が安くなる。これはキャッシュフローを幾分増加させてくれる。とはいえ固定資産税で相殺されたりするので、この効果も限定的ではあるけど。


そして三つ目はキャピタルゲインがあるかもという点。つまり買ったときよりも高く売れればその差額はキャッシュイン、つまり儲けとなるって話。ま、これは上モノの家よりは土地にウエイトが置かれている話だけど。でも実際、バブル崩壊以前の土地神話が通用していた時代は、このキャピタルゲインが持ち家を取得する重要なインセンティブだった。土地の値上がりが見込める場合は、確かにレバレッジを効かせてでも土地を購入することが投資戦略としては正しかった時代もあった。そして、今までの日本の持ち家取得のインセンティブの多くは、このキャピタルゲインにあったのではないかと思う。


最後にインフレが起きた場合は借金してたほうが有利という点。例えば固定金利でローンを組んだ場合、インフレが起きれば実質の利子率は低くなる。変動金利の場合はあんまりこのメリットは享受できないけど。


これらの四つのインセンティブがじゃあ現在ではどうなのかというのが次の話。

現在の資産としての「持ち家」の投資収益性はどうよ?


まず最初の家賃のキャッシュアウトが減るという話だが、これはまあそうですねとしかいいようがない。ただし、散人先生も言っているように、持ち家も維持管理のコストはかかるわけで、そのコストを織り込んだ上で持ち家の取得コストをはじき出さないといかんよなというのはその通り。


しかも、日本の住宅の耐用年数は30年程度だとも言われており、35年ローンなんて組んでしまった場合、ローンを払い終えるのと同時に資産価値が全くない家に住んでるなんていう笑えない状況になっていたりもするわけで、この場合、「持ち家は資産だ」という言い方はほとんど意味をなさなくなってしまう。「Yahoo!不動産 - マイホーム購入ガイド - 日本の住宅事情を知る(一戸建て)」とか参照。


これが「持ち家なんて『負債』だ」という言い方になるんだろうか、というのが僕の想像だ。ようは無理して借金してレバレッジを効かせても、サラリーマンが一戸建てを持ったところで「給料」というキャッシュフローを増やすわけでもなく、ローンを払い終えたところで資産価値もないというのであれば、「持ち家を持つ」ということは、わざわざ苦労して家計のB/Sのリスクを高くしているだけということになってしまう。絵で説明すればこんな感じ。



時間がたっても家の資産価値を落とさないようにきちんと手入れをしていれば資産価値の下落はある程度抑えられるだろうけど、それにもコストはかかるわけで、その辺のコストも含めて考えた場合、僕ならマンションなんて絶対買わないなとか思うが、まあこれはどうでもいいか。


つまり、キャッシュフローを全く産まない「持ち家」なんかに投資するよりは、投資信託とかに投資したほうが収益性は高いかもねという話だ。これにも下落するリスクは当然あるわけだから、そこはリスク見合いではあるんだが、ローンを払い終わった段階の「我が家」に資産価値が全くないというようなリスクよりは投資戦略として正しいかもね。


二点目の節税効果だが、これは制度に依存する話だからなんともだが、まあこの制度はある程度存続するだろうから、多少の効果はあると思う。とはいえ、これが持ち家の取得理由の大部分を占めることはないとは思うが。


そして三つ目のキャピタルゲインがどうなるかという話だが、昔のように土地は必ず上がるというのであれば、レバレッジを効かせて無理をしてでも土地を買えばいいわけだが、昨今のデフレで土地の値段は必ずしも上がってはいない。逆にバルブ絶頂期に家を買って、その後の値下がりで評価損を抱えてしまったかわいそうな家族も一杯いたりする。


最近の都心のバブルがいつまで続くかはしらないけど、キャピタルゲイン目当ての不動産取得が投資戦略として意味を持つのはごく一部の限られた地域・時期だと想定するのがもっとも妥当だと思う。それなりに高い値段で転売できないとキャピタルゲインは実現しないわけだし。


加えて、今の高齢者の持ち家比率は異常に高い(90%程度らしいですよ、奥様)わけで、これらの方々がお亡くなりになる近い将来、大量の中古物件が出回る可能性もあるわけで、これも住宅価格の下落要因になるかもしれない。


そして最後のインフレ効果だが、どう見てもデフレです。本当にありがとうございました。




こうやって考えると、資産形成として見た場合、ローンを組んでレバレッジを効かせてまで「持ち家」に投資するという投資戦略は、土地が必ず値上がりした昔ほどは合理性を持ってはいないと思う。


というわけで、家を買うためにわざわざローンを組んでB/Sを膨らましても、サラリーマンである限りはキャッシュフローが増えるわけではなく、キャピタルゲインも狙いにくい現状では、過剰なリスクを抱え込むよりは、手持ちの現金を金融商品なんかで運用するほうが投資戦略上は正しいかもねという話かなということで。