新規事業開発の評価は難しいよね、という話

⇒「見える化」にこだわる弊害 (神谷秀樹の「日米企業往来」):NBonline(日経ビジネス オンライン)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20060712/106149/


見える化」をやみくもに推し進めることは短期的な経費管理に陥りやすいという話だが、医薬系業界がどうなっているのかは詳しくは知らないが、電機業界も似たような悩みは当然抱えているわけで。この記事のような懸念も分からなくはないが、でも実務的にはこうせざるを得ないというジレンマを現場は抱えているんだよなあ。


で、この結論にはなんとなく異議を唱えたいなあとも思う。

結局、日本の技術者としての現実的な対応は、アイデアを日本で生んでも「外国育ち」とするか、開発後期で「見える化」できるものに限って日本に導入することかもしれない。

一口にR&Dといってもその全てが新規事業開発ではない件

企業のR&Dは、基礎技術の研究から既存製品の改良とか新製品開発とか生産ラインの改良とかまあ色んなものが含まれているわけで、それぞれ期待される成果とかリスクとかは全然違ってくる。
*ただし、医薬品業界は新薬の開発に極端に特化している産業なので、ここでの議論はあんまり当てはまらない


で、感覚的に言えばR&D予算の7割くらいは比較的成果の見えやすい既存製品の改良(既存製品のブラッシュアップによる新製品開発もこの延長)とか、生産ラインに新しい機械入れるとかそういう部分に使われている感じ。残りの3割のうち半分くらいは基礎技術とかの研究に使われていて、さらに残りがなんかよく分からん新規事業開発に投資されているような感じかなと。


この予算なり経費を管理しようとすればまずは一番大きい部分に目が行くのは当たり前の話で、しかもここは過去の経験が十分に通用する世界であって、かなり詳細なコスト予測とか売上予測が立つ部分。予測と実績を月単位で突き合わせて予実管理を行うのも普通の感覚だったりする。


一方で、残りの部分は不確実性が高いし、そもそもかかっているコストの大半は人件費だったりするわけで、投資効果が見えてこない部分だったりする。過去に一発当てた研究者がその後も立て続けにヒットを生み出す保証も特にないし、窓際のプロジェクトだったものがいきなり会社を救う新事業に化ける可能性だってあるわけだ。ここで予実管理なんかやっても技術者の作る資料が増えるだけの話であって、ほとんど意味をなさない。ま、そうはいっても投資効率を高めるためにはいろいろやんなきゃねえということでMOT(Management of Technology)とかがはやったりするわけだが。


問題は、そもそも不確実な新規技術とか新規事業の開発と、予測可能な投資を同じ基準で評価して「見える化」してもだめだよねえという点をこの記事では指摘している。

経営層の新技術開発に関する判断力の日米格差はまことに大きいものだと実感している。日本の場合、使うべき物差しが画一的で、実態に合っていないのだ。


まあ確かにそれも当然あるんだが、それ以前の問題が色々あるよねということなんだよなあと。

そもそも日本の企業には投資効率を判断する明確な規準がないことが多い件

まず過去の経験なり将来の予測が立ちやすい既存事業に関わる投資であっても、ファイナンスで言うところの明確な投資基準がある企業は少ない。たいていの企業は回収法(この投資は何年で回収できますよ)でしか評価してなかったりする。よく言われるのが「○○年で単黒、△△年で投資回収」ってやつだ。これがなんで問題かは、割引率考えてないよねとか、資本コストってさあとか色々あるわけだが、ようは投資のリスクリターンがきちんと反映されてないってことが問題なわけだ。


で、この弊害として、例えば「3年で単黒、5年で回収」とかっていう不文律がある会社の事業計画とか見ると、全然違う市場なのに、なぜか事業計画上はどっちの事業も3年後にはいきなり200%の市場成長が起こって黒字達成とかってなってて、明らかにそりゃねえだろという風景がしょっちゅう見られて微笑ましい。中期計画とかにまとまる前の個別事業の予測値の積み上げをやってるとなごんでしまう瞬間でもある。


ファイナンス的に言って、企業が投資する際に、そのプロジェクトのIRRがWACCを下回るような投資をすることは正当化できない。が、そもそもその議論をする前に、判断基準となるべきWACCを事業評価に使っている企業はまだまだ主流派にはなってないし、事業計画にキャッシュフローが記載されてないケースも多い(つーか見たことねえ)。ようは「見える化」が進んだとかいっても、事業判断を行う際に必要だと思われるリスクリターンのバランスを見るために必要な指標はまったく「見える化」されてなかったりする。


だから「見える化」なんてなかったんだよ!な、なんだ(ry


ということでFAと。

ついでに言えばベンチャーと大企業は違うよねという件

この記事ではアメリカのベンチャーは事業を成功させる執念が凄いけど、日本の企業はすぐあきらめてやめちゃうといっているんだが、それはそもそも組織が追求する価値観が違うんだから単純に比較するなといいたくはなる。


そもそも大企業の場合、資本コストはベンチャーと比べて格段に安い。これはリスクが小さいから当然の話であって、大企業が全ての面でベンチャー並みのハイリスク投資をやりだしたら、株主から「ふざけんな」と言われるだけだろう。大企業は内部でプロジェクトのポートフォリオを組めばいいわけであって、多数のローリスクローリターンなプロジェクトと少数のハイリスクハイリターンプロジェクトが存在するのが普通の状態だ。


一方でベンチャーはそもそも調達した資金自体の資本コストが高いわけだから、当然ハイリターンを追及せざるを得ないし、成功への執念も高く保つ必要があるよねと。この価値観を大企業の中に組み込むのは難しいだろう。社内ベンチャーとかで成功したって話はほとんどないしさあ。


というわけで、アメリカあたりでは大企業はハイリスク型のプロジェクトを社内で抱え込むことを極力避けて、ハイリスク型のプロジェクトはベンチャーに任せて、成功したベンチャーを買収すりゃいいじゃんという技術マネジメントにシフトしている。日本でもこの動きは一部で出てきてはいるけど、まだまだ一般的にはなってないし、きちんとした経営ノウハウ(ベンチャーの価値評価とか、吸収した後の管理とか)が蓄積されているとも言いがたい。で、このへんの経営ノウハウの大前提としても、ファイナンス的な土台をしっかり固めろよという話に収斂していくわけだ。

で、この記事の結論は時期尚早だとも言えるし、日本企業は絶望的に遅れてるねとも言える件

ようは日本の企業では事業判断をきちんと行うだけの「見える化」は進んでいないんだから、これから整備されていけば状況は変わるんじゃね?というのが一つの見方。最近は株主価値だのが重視されているといえなくもないし、「選択と集中」自体は別に悪いことじゃないし。マクロ的に見ても企業のキャッシュフローはずいぶんと改善されているんだし、これからでしょ、とも言える。


ただ、いまさらこんな議論してて大丈夫かというのもあるよなと。こういった企業にも社費でMBAとった人も相当数いるわけで、その人たちはいまやミドルからアッパーマネジメント層にいるはずなのに、まだこんな当たり前の事業評価の仕組みすら作りこまれていないって点に、深い懸念を持つことも事実だ。


これって「日本の企業風土」ってやつが原因なんじゃねえのと。例えばの話でいうと、事業と組織が密着しすぎていて「事業判断=人事政策」になっちゃうとか、ミドルマネジメントの業績評価指標が短期の業績に偏りすぎてるとか、そもそも投資のフリーハンドがミドルマネジメント層にないとか。


とはいえ、この手の話が一朝一夕に解決するわけでもないし、業績自体は好調な企業が多いことも事実なわけで、あんまり悲観的なこと言ってもしょうがないよなというのが個人的な思いだったりする。