ロングテールとかネットのオプションバリューとか


ご飯が炊き上がるまでの何もすることが無い時間に、最近のロングテール論とかを見ててぼんやり感じてたことを書いてみる。言いたいことは次の3点。

  1. ネットは供給者にとってニッチチャネルの探索コストを下げたよね
  2. 大規模DBと検索機能とCGMは消費者側の情報探索コストを下げたよね
  3. この両者がそろうことで「とりあえずネットのチャネルに載っけておけばなにかおこるかも」というオプションを取得するコストも下がったよね


で、これを受けて結論めいたことをいうと「そもそも製品を作っちゃった時点でその投資はサンクコストなんだから、キャッシュフローを改善するためには格安のオプションは当然買うよね。ロングテールだから売れるとか儲かるとかっていう話じゃなくて、あくまでキャッシュフローを考えた場合、Amazonみたいなネットチャネルを使わない理由はないんだよな」ということ。


分かりにくく言い換えれば、「Amazonで変わったのはキャッシュフローの現在価値ではなく、オプション価格だ」ということ。既に誰か絶対言ってると思うんだが、自分の言葉で整理するとこういう感じになるというメモということで。



供給者にとってのチャネル獲得コスト


例としてAmazonを挙げるのが一番分かりやすい。Amazonの書籍なんかの販売シェアがいくらなのかは正確には知らないが、まあある程度大きいんだろう。そして取り扱っている品目数がリアル書店に比べるとべらぼうにでかい。品目数がべらぼうにでかい理由は既に言い尽くされている。ここで関係があるとすれば在庫(とか店頭スペース)の機会費用リアル書店に比べるとかなり小さいってことかな。で、とりあえず、Amazonってニッチなチャネルの巨大な集合体と捉えることも出来るよねと。


Amazonを巨大なニッチチャネルの集合体としたら、そこに本のデータを載せるというのはリアルなニッチチャネルにくまなく本を配本するとか、どこのチャネル(店舗や地域と置き換えてもいい)におくと一番売れるかといった供給者側の「チャネルの探索コスト」がとりあえずゼロになるってことだなと。例えばAmazonの場合で言えば、弱小出版社が取次ぎに営業したり、書店に営業かけたり、雑誌や新聞に広告うったりDM出したりとかってコストが、Amazonの場合は比較的(かなり)小さいってことだ。


大手出版とかベストセラーとかはこの限りじゃない。大手はそれらのコストも含めた上で(さらに高い人件費も上乗せした上で)出版計画を立てる。ここではロングテールの話だから弱小出版社に絞った話だ。


で、弱小出版社がえらくニッチな本を出したとしても、とりあえずAmazonにおいときゃどういった顧客層が買うのかとか心配しなくてもとりあえず「店頭」に並んだことにはなる。

消費者にとっての探索コスト削減


ここでは勝手に消費者それぞれは自分なりのニッチのニーズを持ってると仮定する。で、そのニッチにぴったり会うチャネルを探すのも大変だ。チャネルといわず、そもそもどの製品が自分のニーズを満たしてくれるのかを探すこと自体が既にめんどくさい。ようは自分のニーズを満たすにもある程度のコストはかかるってことだ。


このコストを下げてくれたのが上で挙げた「大規模DB」、「検索エンジン」、「CGM」だ。大規模な商品データベースがあれば自分のニーズを満たす製品がそこに含まれている可能性は高い。検索エンジンはそれを探す手間を省いてくれる。そしてカスタマーレビューとか購買履歴と相関の高い関連書籍の自動リコメンドとかはその商品が自分のニーズを満たすかどうかの判断をより先鋭化しやすくしてくれる仕組みだろう。


というわけで、消費者側としても探索コストが下がるので、「とりあえずいっぺんはAmazonで検索しとくか」という行為の機会費用はかなり低い。まあAmazonとか楽天になければリアルチャネルを探すってことになるんだが、これはAmazon以前の行為と変わらないんだからまあコストもそんなに変わらないだろう(とはいえ、最近はネットによって一日の活動量は昔の時間に換算して43時間になるらしいので、リアルに神保町の古本街をてくてく歩き回るコストはネット上の活動に換算するとべらぼうに高くなっているのかもしれない)。

ネットチャネルのオプション価格はべらぼうに安い(はず)


リアルチャネルで商品を取り扱ってもらうために必要なコストは大体見当がつく。そして、チャネル獲得にかけられるコストが限られている場合、あらゆるチャネルをカバーするのは不可能だ。そこでできる限り効率のいいチャネルを必死で探すわけだが、そのチャネルでどの程度売れるかは常に不確実性が伴う。プラスのほうに振れてくれればそれはそれで嬉しい話だが、そうそううまい話ばかりが転がっているわけでもない。で、リアルチャネルを獲得しようとすると当然ながらある程度のコストがかかる。


そしてリアルチャネルでは、本当はその製品が欲しい消費者が見つけ出せないというリスクも同時に存在する。全ての人にあまねく届くチャネルなんか存在しないんだし。


ただ、Amazonみたいなネットのチャネルは、とりあえず商品データベースに載せてもらうのはほとんどタダ同然だ。そしてある程度の規模の利用者がいるので、ニッチのお客さんにヒットする可能性は単独のチャネルとしてはリアルチャネルに比べてべらぼうに大きい。その確率を高める仕組みが検索エンジンでありCGMだ(秋葉原ヨドバシカメラで目当ての商品を探すまでに30分かかった僕が言うんだから間違いない)。


というわけで、供給側にとってAmazonみたいな大規模ネットチャネルのデータベースに登録しないという選択肢はとりあえず無い、ということになる。このへんのことを分かりやすく書いたのがR30氏の「悪夢のロングテール考」だ。

で、これが供給者の業績に直結するのかどうか


結局、ロングテールに乗っかるというのはあくまで「オプションを買った」という行為に過ぎないわけで、そのオプションが実現するかどうかはまた別問題だろうと。たしかに多少はボラティリティは上がったかもしれないが(「ネットで爆発的人気沸騰」とかってたまにあるし)、ボラティリティが上がるってことはプラスマイナス両面に働くわけでもあるので、そんなに手放しで喜ぶような話でもない*1。まあオプションだとしたら、マイナスになるオプションの権利なんて行使しなけりゃいいだけの話ではあるんだが。


というわけで、ロングテールは弱小供給者側に多少の希望を与えるだけで、ロングテールに乗ってれば売上が確実に上がるという保証なんか無いよなと。そして血も涙もないファイナンス*2的な話をしちゃうと、そもそも商品を作った段階でその投資はサンクコストなんだから、「ロングテールだから回収できる(=赤字にならない)」って話ではなく、「Amazonにのっけときゃとりあえずかかったコストよりは多少は売上があがるんじゃね?(=キャッシュフローはマイナスにはならないよな)」という程度の話でしかないということで。


というわけで、「リアルではあまりぱっとしなかった商品が、Amazonで売れた!」とかいう話は、「ロングテールマンセー!」って話ではなく、「お前らのそもそものチャネル選択自体が間違ってたんじゃね?」という話に過ぎないんじゃなかろうかと。




あ、ごはんが炊けた。

*1:カスタマーレビューで叩かれまくっちゃったというのがマイナスのボラティリティかも

*2:(c)山形浩生