そんな「第4の権力」なら


asahi.com:そんな「12番目の選手」なら - J’sコラム


根本的に勘違いしていることを露呈した悪しきスポーツジャーナリズムの典型例。短期的な興行と長期的なクラブの存続をいかにしてバランスよく両立させるのかという難しい問題を、「一部サポーターの増長」という現象に矮小化してしまっていることに気付かないあたりで「お前、Jリーグの記者辞めろや」と言いたくなってしまう。


この記事がいかにひどい勘違いをしてるかを列挙しとく。

「興行」=「クラブ経営」ではない

映画をサッカーに置き換えてみる。お金を払って観にいく、という興行と割り切れば、私はサッカーも同じだと思う。


まず最初にして最大の勘違いがこれだ。映画は単発の興行であり、一つ一つの作品はそれで完結している。映画には昇格も降格もないし、若手の育成もなければ代表もない。映画会社はいろんな作品で経営上のポートフォリオを作って継続的な成長を目指すだろうが、観客にとって見ればある単一の映画製作会社の作品だけを見にいかなきゃいけないという義理はない。


が、サッカーのクラブは違う。サッカーのクラブは地域に密着した存在であり、出来うることなら未来永劫存続しつづけて欲しい存在だ。個々の試合結果に一喜一憂するのも、究極的には自分が応援するクラブが長期的に存続しつづけられる存在かどうかにつながっている。


優勝争いに絡むような強豪チームになれば、いい選手も集められる。観客も増える。スポンサーも増える。そうすれば経営的に安定するだろうし、よりよい練習施設、スタジアム、広報体制、育成体制が可能になる。このような好循環が出来れば、クラブは継続的に発展するための基盤を持てることになる。全てのクラブ、そしてサポーターはこの好循環になんとかして乗りたいし、乗って欲しいと願って経営・応援をしているのである。決して一試合の結果に対するチケットの対価への不満足を言っているわけではない。


この原田亜紀夫記者にとっては取材対象の一試合なんてものは、「試合終了のホイッスルがなった時点で、払った入場チケットの対価は本来、完結し、精算されるべき」ものに過ぎないんだろうが、サポーターは違う。「今回つまんなかったらか次回は見に行かないようにしよう」という話なんかではないのだ。「こんなにひどい結果になった原因はなにか?短期的な問題か?根の深い問題なのか?改善策はなにか?」というのが今回の大分トリニータのサポーターの問題意識であり、焦燥感だ。そこを単に「サッカーの試合なんて興行のひとつじゃねえか」といった浅はかな視点でサポーターに説教をかますような「担当記者」ってなんなんだろう。

J2への降格はクラブの消滅を意味しかねない


そして、この原田亜紀夫記者は大分トリニータ担当記者として明らかに失格だと思えるのが、クラブの経営問題の知識の欠落だ。


大分トリニータの経営状態を簡単にまとめる。

  • 過去に一度経営危機を起こしており(2005年に債務超過が問題になった。wikipediaの経営問題あたり参照)、マルハン*1の大規模スポンサードでなんとか一息ついてる状態
  • 経営危機の際に大分県スポーツ文化振興財団から2億円の融資を受けている。そしてこの財団の原資は県の税金
  • 年間予算規模は20億円程度。これはJ1の平均29億円を下回る規模
  • 昨年はなんとか黒字を達成したが(昨年度決算で純利益が約7,200万円)、でも累積赤字の解消はまだ先


ざっとみて大分トリニータの経営は綱渡り的なものであるということが分かると思う。そして仮にJ2へ降格なんてしようもんならいきなり経営破たんになりかねない。経営破たんになりかねない要因としてすぐに思いつくものだけでも以下のようなものがある。

観客動員、チケット収入が落ち込む
J2に落ちると観客はまず減る。対戦相手から人気チームがなくなるのでアウェイサポの動員も減る。そしてチケット価格もJ2は安く設定せざるをえなくなるのでダブルパンチ
Jリーグ機構からの配分金が減る
テレビ放映権料などが原資の配分金が減る。数字を探すのがめんどくさいので適当だが、今年のJ1で2.7億円程度、J2はその半額くらいだったはず
スポンサー収入が減る
まあしょうがないわな
支出は下手すると増える
J2は今のままで行けば年間48試合(52節)。うち半分はアウェイなので遠征費用が増える可能性もある(ま、ナビスコ杯がなくなるのでたいしたことはないかもだが)
グッズの売上が落ちる
人気選手が引き抜かれたりしたらグッズの売上減るよな、と


以上を見てもわかるように、大分トリニータにとっては、「J2への降格」イコール「クラブの存亡危機」に直結しかねないということ。クラブの存続発展を望むサポーターたちが現在の17位という降格圏内にいることに対して声をあげることはまったくもって当然の話だ。


僕は大分のサポーターでもなんでもないが、Jリーグのサポーターをやってる人ならこのくらいの話は常識レベルだと思う。大分トリニータの専属記者であらせられる原田亜紀夫記者は、この程度の知識は当然持っているだろうし、専属記者ならフロントの方々からもっとディープな情報を聞いているのかもしれない。「やっはっは、観客動員なんて減っても大丈夫ですよ、うちは○○から新たな長期スポンサー契約獲得しましたんで」とかな。


だとすれば、以下の記述も分からなくはない。

成績も経営もJ1でどん底にある地元チームを、ますます窮地に追い込むいいがかりで自己満足する。そんな「12番目の選手」ならいらない。


「いいがかり」ですかそうですか。なら、J2に落ちても大丈夫という経営状態にあるんですよね?サポーターが知らないだけで、なにか隠し球とか秘密兵器があるってことですよね?一人でも観客動員を増やしたいはずのクラブと思っていたんですが「いらない」客層がいるということでFA?


経営も成績もどん底にあるからこそ、限られたリソースをいかに有効に活用するのか、もしくはどうにかして新たなリソースを獲得する手段を打っているのか、そもそも低迷した原因は何か、その場合の責任の所在はどこかといった諸々のことをサポーターは問うているのだ。クラブの存続危機を見過ごすサポーターなんていないと思うけどね。

「クラブ」=「フロント」ではない


そしてもう一つこの原田亜紀夫記者が勘違いしているのが『「クラブ」=「フロント」』という構図を勝手に想定している点だ。


確かに一部に「自己満足」に過ぎない行動をやっているバカがいるのは事実だ。

フロントの「つるし上げ」を生き甲斐にしているような、はき違えたサポーターも実際にはいる。頭を下げさせ、「どうだ、オレが言ってやった」とばかり、いい気になっている。


その意味でこの部分は認める。が、クラブが消滅して「いい気になる」サポーターなどいない。クラブが残留してくれるのならいくらでも「心を入替え」てやるよ、というのがサポーターの心境だろう。


「クラブ」を窮地に追い込んだのはそもそも誰なのか?サポーターか?


クラブを窮地に追い込めるサポーターなどいない。


クラブを窮地に追い込むのは「サポーターを辞めた人たち」だ。シーチケを買い、グッズにお金を落とし、ゴール裏でチャントを歌うサポーターがクラブを窮地に追い込めるはずもない。


サポーターが追い込んでいるのは「クラブ」ではない。窮地に追い込まれているとすれば、それは「フロント」だ。サポーターは『「社長出てこい」「強化部長、責任取れ」などと怒鳴り散ら』しているように、糾弾する対象を「フロント」限定しているのだ。クラブのサポートをやめられるサポーターなどいない(語義矛盾だ)。だからこそ『「大きな責任を感じています。ですが、皆さん見捨てずに応援していただければと思います」と原強化部長は声を絞り出した』のだ。「フロントは叩かれてもしょうがないですけど、クラブのサポートは引き続きよろしく」と言っているわけだ。


「クラブ」のために「フロント」を糾弾しているんだ。「フロント」がいなくなっても「クラブ」は残る。「クラブ」が残れば「サポート」もできる。が、「クラブ」がなくなってしまっては「サポーター」も「フロント」も「チーム」も何もかもがなくなる。なんでこれがわからないんだ。ああ、むかつく。

朝日新聞は「Jリーグ百年構想パートナー」ですよね?


朝日新聞社 会社案内 スポーツ推進プロジェクトより

(略) Jリーグ百年構想パートナーは、Jリーグの盛り上げもですが、「地域に根ざした総合スポーツクラブを通じて新しいスポーツ文化をつくる」という百年構想の理念に賛同してスポンサーになりました。 (略) 「サッカーなら朝日新聞」。皆さんから、そう言われるようになることを目指す一方で、これまで同様、日本のスポーツ界全体の未来にも貢献していきたいと思っています。 (略)


「地域に根ざした総合スポーツクラブを通じて新しいスポーツ文化」をつくろうともがいている大分トリニータのサポーターに対して

株主やスポンサーならまだしも、サポーターが直接、社長や強化部長に向けた声としては、度が過ぎている。まして、まだシーズン半分だ。 私が社長ならば、「なんでアンタにそんなこと言われなきゃいけないんだ」と思わずキレそうなところだ。


サポーターを「アンタ」呼ばわりかましてキレそうになる「百年構想パートナー」(笑)。ま、確かにサポーターは「株主」でも「スポンサー」でもないですがね。でも株主とスポンサーだけいてもスポーツビジネスが成り立つとも思えないんですが。


それともこうですか?わかりません!><

株主や広告スポンサーならまだしも、読者が直接、記者や編集部長に向けた声としては、度が過ぎている。まして、うちは朝日新聞だ。


私が記者ならば、「なんで読者にそんなこと言われなきゃいけないんだ」と思わずキレそうなところだ。


まあ前から朝日新聞のJリーグとの関わり方にあまりいい思いを抱いていない一Jリーグサポですが、この記事はほんとにひどいと思うぞ。

*1:が、マルハンはパチンコ業者なのでJリーグの規定違反に当たるのではないかと議論になったが、大分の経営状況等々から特例として認められているというけっこうなグレーゾーン