「日銀批判」じゃなくて「政治活動」に向かうべきなのか


VOICE 若田部教授論説を読んでそう思った。


Yahoo!みんなの政治 - 政治記事・ニュース - 政治記事読みくらべ - VOICE - 日銀新総裁はゼロ金利に復帰を/若田部昌澄(早稲田大学教授)


また日本では、中央銀行の独立性について大きな誤解がある。民主制の下では、政策担当者は国民に対して政策の説明と結果責任を負っている。中央銀行も例外ではない。しかし不思議なことに、1998年に改正日銀法が制定される過程では、この点は明確にされなかった。大蔵省バッシングに忙しかったためだろうか。民主制でもっとも自律性の高い最高裁判所判事ですら国民審査を受ける。この制度設計の欠陥は、国家のガバナンスの観点からすればきわめて深刻である。さもなければ日銀はかつての関東軍のようになりかねない。


(強調:ryozo18)


全く同感。


「日銀法改正は難しい(所轄大臣の法令解釈のほうが現実的)」という話には深く納得しているが、問題を「政治活動」として捉えるとまた別の見方もできる。


つまり、現状の日銀法には欠陥があるのでそれを是正せよ、という主張だ。現在の日銀の個別の経済政策運営の是非を問うのではなく、もう一段階メタのレベルで「日銀の経済政策運営の最終決定者は国民である」という点を明確にせよという話。


この「政治活動」において働きかける対象は日銀ではない。この主張の向かう先は政治家だろうし、そして国民一般だ。たしかにこの主張が次期の解散総選挙のテーマになるとはとても思えないが、しかしいずれこの点は是正しないといけない問題のはず。そういう意味で、「現在の日銀政策批判」とはまた違ったレベルで「経済政策の最終決定者(=主権者)は国民だ」という意見は継続して表明すべきなんじゃないかと思った。