経済危機克服のための「有識者会合(エコノミスト・学識経験者)」要約その1:個別政策編


経済危機克服のための「有識者会合」(エコノミスト・学識経験者)-平成21年3月16日 - 政府インターネットテレビ


非常に面白いんだが長いので見てない人も多いだろうということで、要約。まずは各有識者の持論部分を要約する。後で麻生総理や与謝野三位一体大臣などの質疑を書き起こす予定。


あ、内容は保証しないので疑問を持った方は直接上の政府インターネットテレビを見てね(はあと)。間違いの指摘などはもちろん歓迎。



伊藤 元重(東京大学大学院経済学研究科長・経済学部長)

  • 家計の過剰貯蓄が問題(NIRAのレポートより)
  • 財政政策は大事だが、長期的には民間の貯蓄の有効活用が必要
  • 現在は若い世代にツケを回している。これをどう解決するか
  • 1,500兆円の個人金融資産の75%は60歳以上が保有。これは死ぬまでほとんど使われない退蔵資金。安心できる社会保障がないことが問題
  • 対策としては期限を切った「贈与税の無税化」によって、高齢者の保有資産をスムーズに若年層に移転させる

翁 百合(株式会社日本総合研究所理事)

  • 内需拡大による雇用創造が課題。そのためのインフラ投資
  • 雇用を生み出す有望な分野として、「医療・介護」、「保育(少子化対策)」、「教育」、「農業・観光(地場産業)」などがある
  • これらの民間参入などを妨げている規制などの見直しが必要
  • 例として、2万人を超える待機児童を取り上げる。民間企業の参入が限られている認可保育所などの見直しが必要。
  • もう一つが医療。情報のITネットワーク化とデータベース化。つまりレセプトのオンライン化は必須

河野 龍太郎(BNPパリバ証券会社チーフエコノミスト

  • 先週、ロンドンでエコノミスト会合があった。そこでは日米欧で「日本が一番ひどい」というのが共通認識
  • 日本は「国内に成長機会が見出せない」という最も深刻な事態。金融危機は今回の落ち込みの原因ではない
  • アメリカや新興国を成長エンジンとすることはできない。とにかく内需創造が必要
  • 現在の需給ギャップはマイナス10%を越える。これの半分を財政で埋めるとすると毎年25兆円必要。マクロ経済政策だけではムリ。
  • 第一点。雇用のセーフティネットの充実。これは社会政策。非正規雇用の増大は世界的な現象であり、派遣を禁止してもダメ。これをやると雇用自体が海外に出て行ってしまう。とにかく派遣にも雇用保証の対象を広げるべき。
  • 計算によると新たに生まれる失職者は170万人(現在270万人が2010年度に440万人に増加)。この失職者にたいして年間120万円の保証をしても2兆円強で済む。
  • 第二点。成長分野について翁さんと一緒の認識。
  • これらの分野は生産性の伸びが低い分野である。この低い生産性の分野は「待ち行列」ができてしまっている。この「待ち行列」ができるのは旧社会主義国に特有の現象。つまり規制が多すぎるため、これらの分野は計画経済化してしまっていることの証左
  • 規制緩和はとにかく必須。アメリカで2004年から2007年にかけて生まれた新たな雇用の40%は医療・介護の分野

田中 明彦(東京大学大学院情報学環教授、東京大学東洋文化研究所教授(兼任))

  • エコノミストではないので経済政策はいえないが、将来の日本の姿を考える立場から政策を申し上げる
  • 危機が終わった後の日本は「知的基盤が強化された国」になっていることが必要。規模での競争はムリ
  • 小さい問題と思われるかもしれないが「留学生奨学金問題」を解決しないといけない
  • 今までは「外交的配慮(大使館推薦)」の「生活費補助」的な奨学金制度だった。これを戦略的なものにかえていかないといけない
  • 世界の有力大学と競争できる環境ではない(世界の有力大学は締切りは2月から4月。この段階で既に奨学金などの条件は決まっている。日本は4月になってからやっと奨学金を出すかどうか決める。これで一流の学生はくるわけがない)
  • 世界の有力大学と競争できる制度に早急に変える必要がある

中谷 巌(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社理事長)

  • 2つの提言。「還付つき消費税」と「廃『県』置『藩』」
  • 格差拡大や貧困層の増大などで日本社会の連帯が失われつつあるような気がする。競争力の源泉であった一体感や当事者意識が失われつつある。長期的には企業の競争力に悪影響を与える恐れがある
  • もう一つは地方の競争力拡大と格差解消が重要
  • 1985年の格差のデータを見てみる。再分配前の格差の数字は世界でもトップクラスの平等さ。しかし2005年はこの数値が26.9%にまで拡大。日本はOECDの中でも格差の激しい社会になっている。一億総中流などとんでもない幻想。日本は欧州のような階級・階層社会
  • 「還付つき消費税」は二段階。まずは消費税を20%に上げる。そのかわり定額給付を国民一人当たり20万円に引き上げる。これはベーシックインカム政策。消費性向の低い高齢者から、消費性向の高い貧困層に再分配する
  • 4人家族の一般家庭でシミュレーションすると、400万円の年間消費で支払う消費税は20%で80万円。一方、給付金が一人当たり20万円くるので還付が80万円でバランス。さらに年間消費額が200万円の貧困層なら40万円のプラス。再分配としても有効
  • 地域の活性化のために地域の行政サイズを細分化する。単位は400万人で一藩。これで全国に300の藩を作って多様化させる
  • 現在の官僚は外交や防衛分野以外を除いてみんな『藩』に移ってもらう

深尾 光洋(慶應義塾大学商学部教授、社団法人日本経済研究センター理事長)

  • 税収の得られる費用対効果の高い刺激策が必要
  • 職業訓練に対する投資が失業・雇用対策として効果的。失業率3ポイント分の失業者数は200万人。この人たちに200万円の教育費用を与えても年間4兆円。公共投資よりもはるかに費用対効果は高い
  • マイナス金利政策をする。政府が元本保証をする債券(現金や国債など)に2%程度の課税をすることで、安全資産に退蔵された資産を有効活用するインセンティブを与える
  • 30兆円程度の税収になるが、定額給付金を増やす原資にもなる。
  • 現金への課税は、新デザインの銀行券を導入し、交換時に手数料を取ることで可能
  • ただしこれは劇薬。デフレに対する最終兵器だが、これについても検討を始めるべき
  • 中長期対策として労働人口増加の政策が必要。現在年間0.8から1%くらいずつ労働人口は減っている。この対策として「日本語のできる留学生」を増やすことが重要(現在は国費留学生の条件に「日本語ができる」という条件は課されておらず、ドロップアウトする率も高い)
  • この日本語ができる留学生が日本に留まってくれればバイリンガルの人材が増える
  • 温暖化対策も景気刺激に使える。法的拘束力のある施策が必要。例えば排出権取引市場や炭素税の導入などが考えられる
  • なお太陽光発電よりはローテクな太陽光温水器のほうが効率は高い。このような費用対効果も見極めた上で施策を行うべき

リチャード・クー(株式会社野村総合研究所主席研究員)

  • 現在世界各国が行っている政策は、以前日本がやって世界中から叩かれまくった政策。つまり日本のバブル崩壊後の政策は世界のお手本となるべきものだったことがようやく理解されつつある
  • 現在の世界で起きているバランスシート不況には結局日本のやってきたような対策しかないことがわかった
  • 日本は今世界中から注目を浴びている。土地の値段が87%下がり、1,000兆円以上の富が失われたにもかかわらず、日本は破綻せずにやってきた。世界に対して日本の経験をもっと発信すること。つまり「インテレクチャル・リーダーシップ」を取るべき
  • 国内対策としてはまずは財政出動。これをやらないと海外の財政出動にただ乗りするという批判を招く。この海外の保護主義の動きに対する対策としても日本自身も財政出動を行うことは重要
  • 内需拡大のための分野として住宅市場がある。日本の住宅市場は上モノが15年で価値がなくなるという異常な「消費財」市場。これを100年もつような「資本財」としての住宅にすれば富も増える(試算では600兆円以上の富が創出できたはず)
  • この「資本財としての住宅市場」は、日本の内需を十数年支えるくらいの市場になる。建蔽率の緩和などの対策をやっていくべき

ロバート・フェルドマンモルガンスタンレー証券株式会社経済調査部長 )

  • 「一人の日本を愛する外国人」としての「立場」で話をさせていただく
  • 農業、医療、金融・会社制度を生産性の低い分野として取り上げる
  • まず農業。「所有から利用への転換」のビジョンは正しい。農地の改革のためにまずは「農業委員会の廃止」が必要。この組織が農地利用を一番歪めている。フランスを参考にして改革を。これをすれば農地の自由取引ができるようになる。農地の不動産信託化が可能になり、農地の集約が進み効率化につながる。こうすれば輸出産業への道も拓ける
  • 検査なども科学的根拠を持ったものに見直すべき
  • 農業会計の見直しも必要。原価計算を民間の企業並みにする。こうすれば農業法人もつくりやすくなる
  • 石破大臣の私的諮問機関の提言を読んだ。非常に素晴らしい内容だが、なぜか一度も「農協」という言葉がでてこない。検索しました。農産物の流通の徹底した効率化のためには、農協の情報開示・企業化・独占禁止法の対象化などが必要
  • 医療について。まずは社会制度全体として行政の交通整理をする「接客サービス省」を導入してはどうか。カナダなどを参考に
  • 医療についてはIT化。電子カルテ・レセプトの導入が必須。これで効率化は飛躍的に進む。反対している医師会の文章を読んだが理不尽。書き方は政府に対する恐喝になっている
  • 日本の高度医療の設備は作りすぎ。稼働率改善が必要。例えば心臓手術施設の稼働率は15%程度。しかも設備・医者が分散してしまっており症例が分散してしまっているので練習ができないから死亡率も以上に高い。文部省管轄の大学医療機関が作りたがるので稼働率が低くなってしまっている。改善を
  • シックケアではなくヘルスケアを。例えば喫煙者に対する健康保険料の増額など
  • 会社制度についてだが、また株価が下がって銀行の自己資本が痛んでいる。もう「銀行の株式保有」を禁止すべき
  • また議決権を行使しない株主には配当の減額という規定を設けるべき
  • 最後に「金融記者の資格導入」。なんの専門性もない記者が記事を書いているのはおかしい。証券の営業員は顧客に電話をかけるにも「外務員資格」取得が必須なのに、何千万人にも影響を与える記者になんの資格もないのか

個人的な感想

伊藤 元重(東京大学大学院経済学研究科長・経済学部長)
予想通り、という印象。穏当な政策だよね
翁 百合(株式会社日本総合研究所理事)
規制緩和が重要よ、という話。まあこれも穏当
河野 龍太郎(BNPパリバ証券会社チーフエコノミスト
このへんから面白くなってきた。「国内に成長機会が見出せない」ということをはっきり言い切ってくれて嬉しい限り。「待ち行列」という言葉もポイントをついてる。今の経済危機を金融危機のせいにして規制強化やばらまきを復活させようとしている人たちはほんとうに死ねばいいのにと思いますです。ええほんとに。
田中 明彦(東京大学大学院情報学環教授、東京大学東洋文化研究所教授(兼任))
へぇ、という話。まあこのへんはすぐにでも改革してほしいところ。しかし文科省あたりってなんか変な既得権益がいっぱいありそうでやだね。
中谷 巌(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社理事長)
雄山「こんな有識者を呼んだのは誰だあっ!!!」(AA略)。還付つき消費税は景気が回復した後で検討すればいいことで、現在持ち出すのはアホ。今は財源なしで給付金を一人当たり20万円やれよ、という話。「廃『県』置『藩』」は別にどうでもいい。景気対策とかとは関係なし。呼ぶなよ。山岡「明日もう一度ここに来てください本当の有識者をご覧に入れますよ」(AA略
深尾 光洋(慶應義塾大学商学部教授、社団法人日本経済研究センター理事長)
スジのいい話。現金への課税のやり方もスマート。ただ「まだデフレはそんなに深刻ではない」という現状認識はいかがなものか。
リチャード・クー(株式会社野村総合研究所主席研究員)
ぶれない人であるw。住宅市場の「資本財」市場化は面白いと思いました。
ロバート・フェルドマンモルガンスタンレー証券株式会社経済調査部長)
一番面白かったw 農業委員会とか農協とか医師会とか医療設備の稼働率とか地雷踏みまくりw まあでもこういうのがほんとの意味で「戦略的」な話だよな、と。まあでも戦略的ということはポジション・トークでもあるってことなので、そのへんは割り引こうね、とも。

蛇足


彼我の違いを見てみるのも一興。


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