アメリカの「バッドバンク」構想をめぐるあれこれ
アメリカの「バッドバンク」構想が発表されたが、これ絶対論争になるだろうなと思ってたら案の定でした。himaginaryさんに先を越されないうちに日本がWBC連覇で浮かれている間に簡単にまとめとこう。
コーエン先生:「どちらかは必ず間違っている(´ー`)」
⇒Marginal Revolution: Someone has to be wrong
ここが一応まとめサイト的な位置づけになるかな。
ポール君とブラッド君とその周辺をご紹介。タイトルの通り、クルーグマンかデロングのどちらかは間違っていることになるんだが、さて。
あ、コーエン先生自身はここの見方に近いらしいです。該当すると思われる部分はこのへんですかね。
ガイトナープランにそこまで反対するつもりはないが、ただ彼はこの問題(銀行の国有化のことかな:ryozo18注)をちょっと誇張しているのではないかと思う。国有化しても銀行は大してダメージを受けない上に、納税者は現在のプラン(ガイトナープランのことね:ryozo18注)よりもよっぽど大きいアップサイドの利益を得られるかもしれない。しかし国有化はとんでもなく複雑かもしれないし、また新たな問題を多く生み出すかもしれない。国有化以外の解決策があるのなら無理をしないというのも意味があるのかも。
It's not so much that I disagree with Atrios about this, just that I think he overstates the issue here. Nationalization would hurt bankers a little bit, and it would give taxpayers a bigger upside than the current plan. That's good. But it would also be ungodly complex and create plenty of problems of its own. It's worth avoiding if there's another solution.
ではコーエン先生ご紹介のブラッド君とポール君の論争を見てみよう。
ブラッド君:「ガイトナープランはいけてるよ(`・ω・´)」
⇒Grasping Reality with Both Hands: The Geithner Plan FAQ
まず最初のエントリ。この中で、Delongはこのガイトナープランの性格を簡潔に表現している。
「ガイトナープランとは、ようはアメリカ政府が1兆円を運用する世界最大規模のヘッジファンドになることだ」
”The Geithner Plan is a trillion-dollar operation by which the U.S. acts as the world's largest hedge fund investor”
まあその通りなんだが。このエントリでDeLongはガイトナープランの意義などをQ&A形式で丁寧に説明している。その中で重要だとおもうあたりをちょっと紹介。
Q:もし市場が今後回復しなかったら、政府はお金を失うんじゃないの?
A:そうなったら、われわれは政府がTARFプログラムのお金を失ってしまうことを心配するよりもよっぽど深刻な事態に直面していることになる。もし市場が永遠に回復しなかったら、われわれは水と縫い針と銃弾しか価値を持たない世界にいるってことだから。
Q: What if markets never recover, the assets are not fundamentally undervalued, and even when held to maturity the government doesn't make back its money?
A: Then we have worse things to worry about than government losses on TARP-program money--for we are then in a world in which the only things that have value are bottled water, sewing needles, and ammunition.
Q:どうして政府はヘッジファンドや年金ファンドのマネージャーに300億ドル出資させてるの?
A:彼らもゲームに巻き込むため。自分たちのお金も同じリスクを負うとなれば、納税者のお金を過度のリスクにさらさないようにするってこと。
Q: Why is the government making hedge and pension fund managers kick in $30 billion?
A: So that they have skin in the game, and so do not take excessive risks with the taxpayers' money because their own money is on the line as well.
Q:つまり政府は金儲けのためにやってるってこと?
A:違う。儲かるのは副次的なものだよ。失業を減らすためにやってるんだ。
Q: So the Treasury is doing this to make money?
A: No: making money is a sidelight. The Treasury is doing this to reduce unemployment.
Q:これやると失業率は落ちるの?
A:いや、われわれの推測では、金融機関の不良資産の供給圧力を取り除くには総額4兆ドルを市場に投入することが必要。そうすれば価格も正常化するし、信用市場も機能するようになり、雇用も生まれるようになるよ。
Q: And firms that ought to be expanding can then get financing on good terms again, and so they hire, and unemployment drops?
A: No. Our guess is that we would need to take $4 trillion out of the market and off the supply that private financial intermediaries must hold in order to move financial asset prices to where they need to be in order to unfreeze credit markets, and make it profitable for those businesses that should be hiring and expanding to actually hire and expand.
ふむ。ここでのポイントは次の2点。
- 民間もこのファンドに出資するということ
- 金融機関の不良資産を直接買い上げるということ
これらの点についてポール君が厳しいつっこみをかます(いつものこと)。
あ、ちなみに細かい点のつっこみではこのへんも参考に。
ポール君:「ガイトナープランだめでしょ(´・ω・`)」
⇒Brad DeLong’s defense of Geithner - Paul Krugman Blog - NYTimes.com
ポール君の論点は次の3点。
- DeLongは、不良資産を購入する際のファイナンスの85%がノンリコースローンでまかなわれることに触れてない
- DeLongはこの官民ファンドが買う資産価格は適正水準にまで下がるとしているが、それは違う。不良資産の問題とは「その資産のほんとの価値を誰も知らない」ということ。おそらく買った値段よりも15%低い値段がつくというのが一番ありえること。このプログラムの問題は「過小評価されている」ことがわからない水準にまで価格を押し上げてしまうことだ。
- ノンリコースローンがディフォルトすることがすげえありそうだが、そうなると多額の補助金を与えるってことになってしまう
- そして投資家に補助金を与えることと、市場を健全にすることとはまったく関係がない。
- 仮に不良資産の『真の』価格がわかったところで銀行救済にはならない
- いけてる金融工学で問題を解決できるなんて幻想に頼らず、スウェーデン式に銀行を国有化して救済しないといけないの。
いいぞもっとやれ
ポール君:「問題があることくらい計算すりゃわかるだろ( ゚Д゚)」
⇒Geithner plan arithmetic - Paul Krugman Blog - NYTimes.com
ここでポール君はガイトナープランをちょっと脇において、「ノンリコースローンがなぜ補助金になるのか」を説明している。
この説明で使われた数値例を簡単に解説する。
条件
- 金融機関の持っている価格のわからない資産がある
- この資産の『真の』価格は半々の確率で「150」か「50」
- なので期待値は「100」
さてこの資産を買う際に「資金の85%をノンリコースローンで調達したとしたら」お値段はいくらになるか?というお話。
答えは「130.4」くらい。あれ?期待値は「100」じゃなかったっけ?
これはノンリコースローンが「失敗しても返さなくていいローン」だから起きること。まず投資家の期待損失を計算しよう。これは買取額の15%になる。残りの85%分はノンリコースローンだから、失敗したらその資産を手放せばいいだけ。次に投資家の期待利益を計算しよう。これはうまくいった場合の「150」という価格から買取額を引けばいい。
ここで買取額を「p」とすると、投資家はこの損失と利益がつりあう値段であれば買うことになる(ほんとは利益が出ないと意味ないんだが、ここでは裁定が働くとして利益をゼロにする)。
式としてはこうなる。 期待損失 0.15p=150-p 期待利益
これを計算すると、p=150/1.15≒130.4 となる。
この、ノンリコースローンを使った場合の価格「130.4」と「真の」資産価格の期待値である「100」との差額部分がようは資産を売った金融機関への補助金になる、というわけ。補助金の比率はこのケースではなんと30%にもなる。これは問題でしょ?とポール君は言う(ついでに別の説明もポール君はしている。「ノンリコースローンを使った買取は、取引を魅力的にするプットオプションを政府がつけることと実質的に同じとも言えるよね」と)。
そして、さらにこの補助金なんてたいしたことないと言いたいのであれば、買った値段よりも15%落ちるなんてことはほとんどないと主張することになるよ、と。そしてこう続ける。
「過去2年間でおきたことを前提とした場合、これは合理的な主張かい?」
” Given what’s happened over the past 2 years, is that a reasonable assertion?”
ブラッド君:「ポール君が間違っていると思います(´Д⊂」
⇒Grasping Reality with Both Hands: I Think Paul Krugman Is Wrong
やー、怒ってるなあww
地雷を踏まないための二つの法則
- ポール・クルーグマンは正しいと心に刻む
- 分析の結果「ポール・クルーグマンは間違っている」との結論がでたら法則1を見ること
it has taught me that mistakes are avoided if you follow two rules:
- Remember that Paul Krugman is right.
- If your analysis leads you to conclude that Paul Krugman is wrong, refer to rule #1.
この意見がまったく逆になる理由としてDeLongは考えられる3つの理由を挙げている。
- 半々の確率でまったく価値がなくなるとかって仮定はどうなのよ
- 実際の確率はこんなに極端ではないよね
- 政治的な理由
- オバマは銀行国有化の法案を通す際に「他の手段はもう残ってないんだ」と示したいんだろう。そしてポールは、オバマが国有化を引き伸ばせば引き伸ばすほど、国有化するチャンスはなくなると思っているんだろう。
- 民間の市場参加者は今はものすごくリスク回避的だから過小評価しちゃう恐れがあること
- でも社会全体とか政府はそこまでリスク回避的ではないんだから、ここが買えばそんなに過小評価にはならないでしょ。
特にこの3点目をDeLongは強調する。
- 民間企業は悲観的シナリオにとらわれるのも当たり前。だってつぶれちゃったら大変だから、それは全力で避けるよね、と
- でも政府ってのは社会全体のエージェントなんだから、これってリスク中立的でしょ、と
- 仮に不良資産買い取ったあと、最悪の事態が起きたとしても、政府なら紙幣を印刷さえすればそれらの不良資産の償却なんて一瞬でできるじゃん、と
- 確かにインフレは起きるだろうけど、大恐慌再来なんて事態よりはよっぽどましだよね、と
- 民間金融セクターはたしかにリスク許容量が異常に低いけど、政府は相対的に高いリスク許容量を持ってるんだから、ガイトナープランみたいなのを作るのは合理的だよね、と
んー、多少論点がずれてるとは思うが、まあこの立場もわからんではない。特に日本にいるとちょっとうらやましくもあるw
グレッグ君:「ポール君、グッジョブ (* ´∀`)b」
やっぱり最後は登場して欲しいよねw
⇒Greg Mankiw's Blog: And I did not even get a citation
このガイトナープランと似たようなアイデアを昔出したことがあるよ、と。
でも、とグレッグ君は続ける。
- 財務省がやろうとしていることは「市場の正しい価格形成機能」に便乗させてもらおうということだよね、と
- で、その意味では以前僕が出したアイデアと似ているよ、と
- ただし、僕は銀行の資本強化が目的であって、今回財務省がやろうとしているような銀行のバランスシートから不良資産を取り除くことが狙いじゃないよ、と
- 今みたいに財務省の「ストレステスト」なんかやってるようだと銀行への資本注入はまだまだ先の話になるねえ、と
そして「補助金問題」にも言及。このスキームでいくと「適正価格よりも高い価格で不良資産を買い取ることを通じて金融機関に補助金が流れるよね」と指摘。そして仲のよさを発揮。
この問題がどれほど大きいのか判断はできないけど、疑問を提起するのは当然だよね。この点を説明したポール・クルーグマンはグッジョブ
I don't know enough to judge how large this problem is, but it is reasonable to raise the question. Paul Krugman does a good job of explaining this point.
(・∀・)ニヤニヤ