パスポート電子申請システムの叩き方に違和感を覚えた件(追記、修正あり 2006/9/7)


Winny関連の記事を見ていたつもりで「大西 宏のマーケティング・エッセンス:Winny対策-官僚はこうやって税金を無駄に消費する」をみていたら、Winnyとは関係のない次の一節を読んでアレ?と思った。

お役所仕事というのでしょうか。さすがに非難が集中し中止となりましたが、「パスポートのインターネット受付に一件1600万円」という笑ってしまいたくなるようなお馬鹿さんのシステムに巨額の費用を投入したり、お役人さんたちの考えることや、やることはよくわかりませんね。

(強調、ryozo18)


ん?これってなんか非難が起きてやめたことになってたんだっけ?と思って改めてニュースとソースをあたってみたら、なんとなく上の言い方はずれてるんじゃないか、あとマスコミの報道の仕方も視野が狭いなと思うに至った。


*注:基本的には以下のエントリの意見に大筋で賛成なんですが、このシステムが停止される経緯としてみた場合、上の書き方には違和感を感じたというまでです。


大西 宏のマーケティング・エッセンス:パスポートのインターネット受付に一件1600万円
http://ohnishi.livedoor.biz/archives/50217670.html

この件の報道のされ方とソース

MSN-Mainichi INTERACTIVE "インターネット申請制度:パスポート1冊1600万円!? 利用率低迷で"
http://www.mainichi-msn.co.jp/keizai/it/jyuki/news/20060705org00m300138000c.html

財務省は4日、国の予算が適正に使われたかどうかを検証する予算執行調査の結果を発表した。「無駄遣い」ぶりが際立ったのが、パスポートのインターネット申請制度。住民基本台帳ネットワーク稼働に伴って実現したが、利用率低迷で、1冊当たりの費用が1600万円かかっていた。同省は、同制度の廃止を含む見直しを求めた。
(強調、ryozo18)

Yahoo!ニュース - 共同通信 - 旅券電子申請、中止へ 無駄遣いと指摘受け外務省
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060710-00000130-kyodo-pol

財務省が無駄遣いの有無を点検する予算執行調査で、廃止の検討を求めた旅券(パスポート)の電子申請システムについて、外務省は10日、来年度予算の概算要求に盛り込まない方針を明らかにした。

(強調、ryozo18)


というわけで、別に納税者やマスコミの追求によってこのシステムが中止へ追い込まれたわけではなく、行政内の監査によって非効率な実情が明らかになり、さらに改善が要求され、その勧告に従って外務省が自らシステムの更新をやめたというのが実情だと思う。


で、ついでにソースにもあたってみた。

財務省 予算執行調査(平成18年7月) 予算執行調査(57)事業概括表(18年度)、p.5
http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/sy180704/1807c.pdf

  • 事業名
    • 旅券発給関連経費(電子申請システム運営経費)
  • 調査の視点
    • 旅券発給関連経費の中の機械化経費、特に電子申請システム関連経費について、利用・稼動状況の実態、運用コスト等を検証し、経費削減余地や今後の方向性を検討
  • 調査結果及びその分析 
    • 電子申請による発給研修は極めて低調(累計133件)。他方、運営経費は年間平均約8億円。1件当たりの年度予算経費は約1,600万円で通常発給(約3〜4千円)と比べ5000倍以上。
    • 利用率が低調な理由として、①住基カードの取得者数が未だに僅少、セットアップコストが高い等の一般的要因に加え、②申請者にとって10年(5年)に1回しか利用機会がなく、メリットが実感しにくい、等の旅券申請に固有の要因が存在。
    • 都道府県は本システムの18年度新規導入は見送っているが、既に導入済みの各県では、運営経費が全額国負担となっていることもあり、利用率向上の具体的方策を見出せないまま、何れも稼動継続を予定。
  • 今後の改善点・検討の方向性 
    • 本システムの利用率向上に向けて種々の普及努力が続けられているが、左記の要因から目立った効果は上げられていない。
    • これに加え、本年3月20日から件の旅券事務を各市町村へ再委託・権限委譲を可能とする議員立法が施行。旅券申請に必要な戸籍謄本等の取得が身近な市町村役場へ行けば、別途、県の旅券事務所窓口へ行かずとも旅券申請が可能となった(ワンストップ化の実現)。
    • 現状のままでは、一部システム導入県だけの、かつ極めて僅少な利用者のために膨大な国費を投入するという、著しい資源配分の不公平が継続。
    • 一般行政サービスの電子申請システム化を政府は推進しているが、旅券発給の場合、我が国の厳しい財政事情に鑑みれば、本システムの継続は合理性を有するとは言い難い状況。本システムの廃止を含めた見直しを早急に検討すべき。


ついでにもうちょっと細かい内容の調査結果もあった。


予算執行調査資料 総括調査票:財務省
16.旅券発給関連経費(電子申請システム運営経費)
http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/sy180704/1807d_16.pdf


この総括調査票を見るといろいろと面白いことが書いてある。

  1. このパスポート電子申請は「e-Japan重点計画」の一環として推進されてきたらしい
  2. 申請には住基カードの取得(500円)、公的個人認証電子証明書)の取得(500円)、ICカードリーダライタの取得(約3,000円)が別途必要
  3. もともと申請は代理人でも可能
  4. 「利用者全員が職業柄馴染みがあるもの(SE等)、もしくは何らかの形ですでにオンラインシステムに馴染みがあるものであった」らしい(ただし特定県における利用者のサンプリング調査らしいので全員がそうであるかは不明)
  5. この手のパスポートの電子申請をやっているのは確認できる範囲ではシンガポールのみ
  6. いきなり全部捨てるわけではなく、「例えば、全国で住基カードの取得者数が一定に達するまではシステムを停止する、導入済みの各県に対して維持運営コストの負担を求めるなど」といった含みを残している

このパスポート電子申請システムのコスト

開発費用は以下のブログで知った。


保坂展人のどこどこ日記:パスポート電子申請システム廃止で驚きの赤字額
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/0899dbaf9289b0603b7cfd1fa70b8d21

旅券(パスポート)を電子申請するシステムは04年から始まったが、その利用者は05年末までに133人しかいない。一方で、投下した費用は05年末までに21億3300万円と巨額で、ひとりあたりで割るとなんとパスポート一冊発行に1600万円かかるというから驚きだ。このシステムに対応しているのが 12都道府県と少なく、また手続きも複雑であることから利用が伸びていないために、07年度の予算要求から外して同シテムの廃止を決めたという。


外務省旅券課に確認してみた。すると、システムを受注・開発したのはNTTコミュニケーションズで、2001年〜04年まででシステム開発・実証実験などで、約20億円が投じられていることが判明した。運用が始まってからは、04年12億4500万円、05年8億8800万円、06年8億6200万円と合計で29億9500万円のランニングコストがかかっている。読売新聞の記事にある「1600万円」は、04年〜05年の2年間の運用経費(12億4500 万円+8億8800万円=21億3300万円)をパスポート発行人数で割った数値なので、さらに開発経費約20億円を加算すると、20億円+21億 3300万円で41億3300万円と、05年末までのひとりあたりのコストは3000万円に倍増する可能性もある。
(強調、ryozo18)


開発費は約20億円、運用費は2004〜2006年の3年間で約30億円ってことらしい。NTTコムの営業担当は優秀だねえ。ま、運用費は年々低下していってるようではあるけど。


で、このシステムは確かにひどいわけだが、もっとひどい話がちりばめられてるんじゃないかと思う。

ひどそうな話

その1:そもそもこの話は「e-Japan計画」から生まれている

でも「e-Japan計画」の資料を探してもこの件は出てこないんだけどねw。(2006/9/8 訂正:「e-Japan計画」に該当する記述があったことを教えていただきました。↓に追記有り)

推測するに、この話はもともとは住基カードのアプリケーションの一つとしてひねり出されたものなんだろうなということ。パスポート申請には戸籍謄本が必要なんだけど、この住基カードを使えばその部分だけは免除できるよ!ということなんだと思われる。各省庁に「戸籍謄本に関わる申請事務でネットワーク化できそうなものを出せ」という通達が回ったんではないかと想像。

その2:そもそもコストメリット分析とか、業務フロー分析とかやってないくさい

代理申請が出来る時点で、このシステムのメリットの「24時間申請可能」はあんまり意味がないなと気付いた人はいたんだろうけど。あと10年とか5年に一回の申請手続きをちょっと軽減したところでどんなコストメリットがあんのよとも思った人はいたんだろうけど。

あと住基カードが普及すればという前提で突っ走ったシステムなんだなということも分かる。で、住基カードの平成17年8月末時点の人口比普及率は0.54%らしいのでまあ撃沈と。

その3:2004年6月時点でやめるかどうかの見直しは出来たはず

旅券発給業務が市町村に移管できるという議員立法が成立したのが2004年6月。この時点でこのシステムが必要かどうかを再検討することは出来たはずで、再検討をしたら「やめとくか」という判断になっても不思議じゃない。

ただし、2001年くらいから開発・実証研究をやっていたらしいので、この間の投資をどぶに捨てることになるといろいろ責任問題とか言われそうだからそうもできないよねという判断が働いたんだろうなという想像はつく。サンクコストだからさあ、といったファイナンス的発想を求めてもしょうがないとは思うが。

その4:財務省の調査が入ってなかったらどうなっていたのか不明な点

この調査が入ってなければずるずると継続していた可能性はあるよな、と。この点の自浄作用はどうなっているんだろう。

あと、この財務省の調査がどういった範囲で行われているのかが不明な点も気になる。この手のシステムがまだまだ一杯あるんじゃねえの?と。誰が見ても[これはひどい]という案件がスケープゴートになってて、判断が微妙な案件はスルーされてる可能性はないんだろうか。

この財務省の取り組みは予算執行調査なるもので、平成14年度に始まったものらしいが、対象としているのは毎年だいたい50件程度。この調査が入った案件はほぼ全てで改善されているようだが、ようは改善が約束されているものしか対象にしてないんじゃね?とうがった見方をしたくなる。

予算執行調査財務省
http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/sikkou.htm




でも、若干フォローしたくなる点もある。

フォローしてあげたくなる点

コスト増はインクリメンタルで見てあげたくなる点

「パスポート一冊あたり1,600万円」という言い方は本当に正しいのか?というか「1,600万円/冊」とか「通常発給業務の5,000倍のコスト」とかいう言い方はミスリーディングなんじゃないだろうか、という話。

2005年度の旅券発給は一年間に約375万件行われているらしい。で、この発給業務のコストは3,000〜4,000円/件程度。単純計算すれば、発給に関わるコスト総額は約112〜150億円くらいかなと。これにこの電子申請システムの毎年のコストの8億円を追加したとして(初期の開発・検証の投資はサンクコストなので除外)、1件当たりの発給コストの上昇分は200円程度。これはそんなに目くじらを立てて追求するほどのコストなんだろうか?

現在、パスポートの発給にはだいたい1万5000円程度払わなきゃいけないんだが(10年パスポートの場合)、これをちょっと値上げすりゃあいいんじゃねえの?とも思える。いやまあ受益者負担の原則に反するよな、とも思うけど。

でも、そもそも業務システムの投資を考える際に、追加したシステム単独での1件当たりの処理コストをはじくという計算方法はおかしいと思う。対象となる業務に関わっているシステム全体のコストで考えるべきなんじゃないだろうか?いやまあ新規システム導入する際には通常コストダウンになることを目的としてやることが多いわけだから、1件当たりの処理コストが5〜7%も増えるという投資は正当化されないとは思うけど。

やれといった人間が別にいると思われるのに、そっちの責任は問われていない点

そもそも「e-Japan計画」とか「住基カードのごり押し」とかが元凶だろ?そっちの責任を問う声がないのはいかがなものかと。

この案件を評価する枠組みとして、外務省の旅券発給業務というくくりではなく、住基カードのアプリケーションの一つという枠組みで見るべきなんじゃないかとも思える。仮定の話だが、住基カードが例えば50%くらいの普及率になっていたとしたらどうなのよという視点はないんだろうか。

つか、住基カードが普及もしてない段階で、住基カードICカードリーダライタ前提のこんなシステム作るんじゃねえといった突っ込みがされてないという状況の方こそ問題視されてしかるべきなんじゃなかろうか、と。

で、「e-Japan計画」の投資効果は実際どうなのよといった分析は寡聞にして知らないんだが、やってるとこあるんだろうか。「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)」を見ても投資効果を分析した資料は見当たらない。さらに住基カードのコスト分析も見たことないなあ。

この手の大方針は評価なしでスルーしたまま、個別の施策を叩くだけというのはどうなのよ、と。いや、個別の非効率を叩くこと自体は別に否定しないんだが、この件に関して言えば、そもそもの元凶である「e-Japan計画」とか「住基カード」とかとの関連を伝えてないマスコミもどうかと思う。


(参考):「e-Japan計画」の関係者の弁
「システムありきではなく、まずは業務の見直しを」――慶應義塾大学國領二郎教授に聞く ビジネス-「IT競争力ランキング」に、もの申す:IT-PLUS
http://it.nikkei.co.jp/business/special/itrank.aspx?n=MMITaa001006042006

遅きに失した観はあるが、一応これ以上の予算は請求していない点

ただし、契約の途中解除にも費用はかかる可能性があるわけで、その金額がどの程度かは注視する必要はあるよね、と。





ああ、パスポート更新しなきゃ。