生き残る事業と『ロマン』について


⇒ Apple100% blog跡地 - なぜ「勢い」のあるプロジェクトが生き残るのか

結局なにがあるのかというと、儲からないけど生き残る事業にはロマンがあるんですよね。それも当事者にしか分からないようなたぐいのロマンが。もっというと、漢のロマンとしかいいようがないたぐいの。


「生き残る事業には『ロマン』がある」という力強いご意見を頂き、そうだよなあと頷いていたわけですが、ついつい「ブログファイナンス」などという不要不急のネタを思いついたばっかりにお返事遅れておりました。


まず、『ロマン』を否定するような気は毛頭なく、ただプロジェクトの発展段階(ステージ)を考えることが必要なんだろうなと。『ロマン』が求められるステージもあれば、『ロマン』よりも血も涙もないファイナンス的決断が必要なステージもあるんだろうというようなことをつらつらと。



事業には色んな段階(ステージ)がある


まあメーカーとかを主に想定した場合の話*1だが、事業はおおよそ次のような段階を通過する。ライフサイクルと言ってもいいかも。

シーズ期
基礎的な研究とかアイデアがあるといったような状態。このときは市場があるのかニーズがどうとか製品の価格がどの程度かとかブランディングはなんてことを議論することすら馬鹿らしい段階。海のものと山のものとも知れないような有象無象が混沌としている状況。予算が正式についているものはあんまりないかな。おおすげえと思えるものもあれば、なんじゃそらというものも混在しており、どれが有望かどうかなんて印象論(とか属人的な要素)でしか語れない段階。当然ファイナンスの出る幕など超限定的。まあ事業ポートフォリオ論とかR&Dパイプライン論なんかで確率的に集団として扱うくらいが関の山。
R&D期
イデアを実現するための具体的活動に入る段階。「予算がつく」というのが一つのマイルストーンかな。どれくらいの期間でどの程度の成果を上げるかの目標設定と管理が入り込んでくる段階でもある。市場とかがおぼろげに見えてくるのもこの段階か。ただし既存製品の改良とかはこの次のステージに入るかな。ベンチャー企業であれば事業計画書をプレゼンして回ってVCとかから出資を勝ち取ったくらいのステージをイメージすればいいかなと。ファイナンス的にはまだまだ適用が難しい段階。つか日本企業ではこの段階でファイナンス的にマネージしてるような会社は極わずかだと思う。一応ファイナンス的には例えばリアルオプションなんかを適用するのが面白いステージだったりする。キャッシュフローの推計なんてぶれまくってあんまり意味があるとは思えない。資本コストと成功確率からみてどの程度のパイが望めるかでふるいわけしたりするとかその程度。
製品開発期
いちおうまがりなりにもアイデアが具体的な形をとって現れる段階。コストとか市場規模とかがある程度明確になってないと困るステージ。他部署(設計とかデザインとか営業とか生産管理とか)との関わりが深くなってくる段階でもある。エンジニアの方々が自分の理想が見る影もなく切り刻まれるのを涙目で眺めることも多い。ファイナンス的にはやっと出番が出てきたかなという感じ。一応キャッシュフローも推計が可能かなと(ただし設備投資とか売れ行きなんてのはまだまだ不確定なので、あくまで参考程度だな)。
市場投入期
実際に製品を売り出す段階。この時点ではそれなりの投資は既に行われており、これまでのサンクコストをこれ以降云々するのはまったくもって無駄なんだが、なぜか一番揉めたり責任のなすりあいが起きる段階でもある(「こんな製品に誰がゴーサイン出したんだ!」とか)。ファイナンスの出番は実はあまりない。日々入ってくる売れ行きデータや工場の歩留まりや原材料価格の予想外の高騰や営業コストの予想外のふくらみなんかを見て経理になんて言い訳しようかと考えるくらい。
拡大期
ここまでくるプロジェクトはまがりなりにも成功といってもいいかなという気にさせるステージ。利益なきシェア争いとかの香ばしい事態が発生しやすい段階でもある。関わる人間が膨大になりすぎてなんだかよくわからない状態になってることも多い。ファイナンス的にはプロジェクトのIRRが気になるお年頃。粗利とか限界利益率とかがさんざん議論されてたりするが、ファイナンス的には「とりあえずキャッシュフロー算出してくださいよ」とだけ言い放っておきたい。
成熟期
市場の全体像が明確になり、あとはどこに押し込むか、新製品の付加機能はなににするかといったあまり興奮しない話題が中心となる段階。よほどのことがないかぎり売れ行きにそんなに大きな変化はないはずなんだが、なぜか未だに荒波のなかでもまれているような製品もたまに見かける。ファイナンス的にはそろそろ追加投資をどうするかといった意思決定に関わることが多いかなと。強気なキャッシュフローを出すべきか弱気になっとくべきかの政治判断センスが問われる段階。外部のコンサルなんかを使いたくなる気持ちはよくわかる。
衰退期
もうこれ以上は意味ないよねと多くの人たちが思っている段階。ただ事業責任者はこの事業とともに成長(出世)してきたわけで、その人たちの思い入れを排除するという定義上不可能な作業を余儀なくされる段階。ここまでくると流通とかまで含めて利害関係者も多いしなあ。就職希望の学生さんが「御社のこの事業に将来性を感じています!」とかって言ってリクルータがつい失笑してしまったりする微笑ましい光景も見かける。ファイナンス的には引導を渡さないといけないんだが、そもそもここまできちゃってる時点でファイナンス的にとりうる選択肢は少ない(撤退か売却かくらいしかない)ので、あまり腕の見せ所って感じもしない。まあ売却時にいかに高いお値段にできるかというは一部の人にとっては生きがいになりうる話かもしれない。


とまあずらずらと書いてきたわけだが、『ロマン』が必要な、言い換えれば『ロマン』で押していけるステージというのは、まあ初期段階に近いほうですよね、と。ファイナンスというのはある程度数値化できないとそもそもお話にならないわけで、数値化することが不可能な段階ではファイナンスの出る幕はないですよ。

では、なぜ生き残るのか?


これは『ロマン』というものを『ボラティリティ』に置き換えて考えることで説明できるのかなと。ようは「この事業はまだまだ無限の可能性がある!」と目を輝かせてのたまう人がいるかいないかということ(ついでにいえばそれに頷く聴衆と実際についていく信者も必要ですが)。可能性というのは可能性というだけあって確定的な数値に置き換えることは不可能なわけで、そうなるとファイナンス的な扱いは困難。


一応ファイナンスの中にはリアルオプションとかモンテカルロシミュレーションとかといった確率概念を導入する手法は確かに存在するけど、『ロマン』を語る人にはダウンサイドの確率は見えてないわけですよ。常に「無限の(アップサイドの)可能性」のみを語る人と話がすれ違うのは当然の帰結なわけで。この人の声が大きいとか聴衆がたくさんいるとか信者が役員だったりとかすると、アップサイドの『ロマン』を語るプロジェクトは生き残る確率は飛躍的に高まることになるよなと。


ただ、そもそも事業のステージが初期段階にある場合は、この手の『ロマン』は普通に大手を振って闊歩してるのは当たり前な状況だろうと。だいたいシーズ段階のアイデアなんて『ロマン』以外のなにものでもないし。

あと、最終的には一番上がロマンを理解しているかどうかですね。例えば、某N化学工業のトップだけは理解があったって某N教授は言ってますよね。


と挙げられている「○色ダイオード」にしたって、当初は『ロマン』だったでしょうが、ある時期からN教授のなかではかなり現実味のある事業として認識されていたのではないかと想像します。それをうまく伝えることができなかったのかトップの目利きがよかったのかはわかりませんが。

ただ、最終的にはスクラップ&ビルトをスムーズにやるにはどうやればいいかというあたりがポイントではないかと。あえて言うならきちんと撤退すべき所で撤退できるなら積極的に参入をやっても問題ないし、ずるずる引きずることが目に見えているなら儲かりそうな事業でも慎重に検討しなければならない。


そんなものは多数派の言い訳に過ぎない!スクラップ&スクラップだ!というのは冗談として、このご意見に賛成一票ではあります。とくに後ろのほうのステージでどういった経営判断を今までやってきたのかというのは重要ですよね、と。それまでは不採算事業であってもずるずる生き延びさせるという前例を数多く積み上げていた企業であれば、当然あとに続くエンジニアはその基準を踏襲した事業計画書を作文するでしょうし。


で、結局のところfhvbwxさんが『ロマン』といっているところのものを僕なりに言い換えると「アップサイドの可能性のみに言及する考え方」とでもなるのかなと。ここでいう「アップサイド」の中身は本来であれば「キャッシュフローの増加」に限定されるべきだとは思いますが、なかには「世の中がよくなる(=そういう製品にニーズがないわけがない)」とか、「我が社のイメージアップにつながる(=ブランド力が強まって製品の売れ行きアップ)」とか、「技術者冥利に尽きる(=誰も開発できないだろうからもし開発できれば圧倒的じゃないか我が軍は)」とか、「日本がこれから生き残っていくにはこの技術が必要だ(=中国には負けないよ)」とか諸々の思いがあるんだろうなと思ってたりします。


こういうのが「ロマンのことを公共財とか社会奉仕とか呼ぶ場合」に相当するのかも。

真面目に答えると、ロマンとコストを比較するんじゃなくて、コストの中にロマンが収まるのかどうかで考えてみてはということです。もちろん、そのコストの費目は社会貢献なのか広告宣伝費なのかは問題ですが。


なので、「コストの中にロマンが収まる」というのもまあわからない考えではないですが、これもどこか言外に「アップサイドのみの可能性」を想定している考え方だと言えるんじゃないかと思ってますので、「ダウンサイドのリスクも考えた上でまだ言うか?」という質問をしてみるのが吉ではないかと。

で、ファイナンスに限界はあるか?


あります。当然。特に初期段階に近いステージなら思いっきり限界ありまくり。ただし、多くの日本の企業ではこの段階よりはるか以前の段階で、ファイナンス自体が適用されてない罠。

しかしながら、そんなところまではまだ到達していない罠。


というご意見にも賛成一票。

【補足1】ファイナンスへのゲーム理論の適用


ありますよ。とはいえ、実務的にはファイナンスの枠組みを変えるというよりは、キャッシュフローの推計シナリオにゲーム理論的な考えを入れ込むといった使い方ですかね。こっちが価格を下げた場合に相手は追随するかそれとも突っぱねるかといったことを考えて、それをシナリオとして具体的な数字として表現するとか。


これはかなり語弊のある言い方かもしれませんが、個人的にはゲーム理論を現実の社会に適用するのは、まだまだある意味危険なんじゃないかと思ったりするわけです。囚人のジレンマなんてのは話としては面白いですが、そもそもビジネスの世界で同時手番ゲームって厳密に成立するの?とか、有限回とか無限回とかってなによとか、完全情報なんてありえんよとか、実際に考え出すときりがないんです。

【補足2】「蛇足」に関して:デフレに逆戻りした場合のファイナンス的あり方

今までは日本経済が拡大基調でこれたから、少々見通しの甘い事業でもなんとかなってきたんだろうけど、そうも言ってられない時代だし、企業の収益性に対する投資家の目も厳しくなってきている昨今、この手のマネジメントはそろそろ見直したほうがいいと思うんですが、余計なお世話ですかそうですか。

これってむしろ逆じゃね?とくにこれからデフレに逆戻りする可能性を考えると。


これは「現時点で儲かってない理由はマクロの需要不足であって、マクロ環境が改善すれば、この製品(技術)も売れるはずだ」「だからこの時点で収益性を云々すべきではない」というご意見なのかなと理解しますた。


これは確かにそういう一面があることは否定しません。が、例えば「現時点で儲かっていない事業」というのは、ある一企業の事業ポートフォリオの中ではどういう位置付けになっているんでしょうかね、というのが疑問だったり。


いまさらの後出しジャンケンではありますが、僕のエントリの批判対象は「上場企業」だったりするわけで、非公開企業であれば別に不採算事業を抱えてても好きにしたらですむ話だったりするわけです。


上場企業が集めた株主のお金は、他の投資に回せば得られるであろうところの機会費用がかかっているわけで、その資本コストを下回るような事業は青臭い言い方をすれば存在自体許されないわけですよ。ただし、大きな企業は大きいがゆえに複数の事業を同時並行的に行うことでポートフォリオを組めるわけで、それが各事業のリスクを平準化することになる。それは言い換えれば短期的に儲かっていない事業であってもその将来のリターンに賭けることも可能にするだろうと。ただし、それが出来るのは少なくともそれ以外の事業でトータルとして最低限のリターン(資本コストを上回るリターン)を上げていることが前提条件なのはご案内の通り。


そしてR&Dパイプライン的な考え方をすれば、R&Dなんてある程度は数打ちゃ当たるの世界でもあるので、あんまりR&D部分を絞り込むことは正解とは言えない。ある程度のはずれも抱え込むだけの体力があるのが大企業だよなあと。


ただ、実務的な話をしますと、現在の上場企業の資本コストは結構低い水準なんじゃないかと思っています。企業の資本コストはWACCと言い換えてもいいので、このWACCを考えると資本コストは結構低いのではないかと。


大雑把に言って負債のコストはせいぜい2%とか3%程度でしょう。そして株主資本のほうのコストも、これは計算の前提にも依存しますがここ10年とか15年の株式市場の低迷を考えるとそれほど高くは設定できないんじゃないかと思ってます。1991年から考えれば16年の期間があるわけですが、その間の平均的な株式のリターンはマイナスと言ってもいい状況なわけですよ。そうなると資本コストといっても企業によってはせいぜい4%とか5%とかの水準かもしれないなと(それすらクリアできてない企業も一杯いますが)。


となれば、デフレに逆戻りするかどうかという以前に、そもそも株式の期待リターンがかつてないほどに低下していた(ついでに借入金の金利も超低金利だった)状況下で、WACCもかなり低い水準になっていたと仮定すれば、「今の需要環境があまりにひどいから撤退といった判断は控える」という意見の正当性は怪しくなるのではないかと。

【補足3】海外投資は選択肢の一つですよね

ただ、もしほんとにリターンを追い求めたいのであれば、外国に投資したら?というのがメタ・投資家視点の物言いです。リスクとリターンが非対称ですよね、と。もちろん、ファイナンス的に正しい日本企業は存在するでしょうが、所詮その程度の企業努力は日銀の一撃で崩れ去る程度の物ですので。


へんな国産サーチエンジンに金突っ込むくらいならGoogle株買っとけよ、とはまじめに思う。ただまあ海外に投資する場合は、それなりの情報探索コストから投資したあとのコントロールにかかるコストとか為替リスクとか日本国内に向けた投資よりはかかるコストも増えるという言い方はできます。同水準のリターンなら海外よりは国内に投資することが合理的な場合もあるよなと。


で、海外投資は少ないかというとそうでもなくて、国内の工場たたんで中国に工場建てたりしてる企業ははいて捨てるほどいるわけで、必ずしも海外への投資が低いとはいえないと思いますです。その意味ではきちんとリターンを見据えた上で国内に投資するか海外に投資するかの判断を企業はやっていると言っていいのでは?

【補足4】hamasta氏の2007/2/22エントリのコメントに関して


⇒ http://d.hatena.ne.jp/ryozo18/20070222/1172115472#c1175312412

『将来のロマンがあって、かつコストがキャッシュを上回り赤くなってる事業については、生き残りを主張するなら部門ごと切り出してベンチャーに汁、ということでFA?

あまりそういう話を聞かないのは、法律と税制の問題か、はたまた「日本的体質」という奴なのだろうか。。』


ええとどうみても立ち直りようがなさそうな「不採算事業」の処遇は「撤退」「売却」「独立」くらいしかないので、この選択肢からどれを選ぶかというだけの話かなと。「撤退」とか「売却」といった話があまり出ないのは「日本的体質」というのが大きな理由かなとは思いますが、それでも昨今ずいぶん増えてきているのも事実です。ただベンチャーとして切り出すというのは当事者の合意も必要なわけで、ベンチャーとしてやりたい!と担当部署が熱望するのであればどうぞご自由にと言うというのでFAでいいのではないかと思いますが。MBOやってみたらと。


法律とか税制とかはあんまり関係ないかなと。MBOの適正価格を算出するのはたしかに実務的に難しいかなとは思いますが、そもそもうまくいってない事業はその内部にいる人間が一番その状況を理解しているわけで、「そろそろうちの部署もお取り潰しかな」なんて話は喫煙所とか居酒屋でしょっちゅう繰り広げられているのではないかと。


「こんな会社組織にいるからうまくいかないんだ!」という確信があればMBO(とかEBO)は今後増えるでしょうね(実際そういうケースもちらほら出てきてますし)。ただ多くの不採算事業はその中の人自体が「これはもうだめかもわからんね」と思っているというのが実態だと思いますし、そうなると外に飛び出すとかってよりは組織防衛に回るのもむべなるかなと。

*1:とはいえたいがいの企業に当てはまる話ではあるけど