野口悠紀雄氏が「ドーマー条件」を再発見されたようです

不思議な味わいの記事を見つけました。


⇒ 改善効果わずか2年! 消費税を5%引き上げても、財政状況は悪化する|野口悠紀雄 人口減少の経済学|ダイヤモンド・オンライン
http://diamond.jp/articles/-/11024


それなりに長い記事なんだけど、これをわかりやすく要約してみようという趣旨のエントリです、はい。



この手のモデルは数式で表現したいよな?


元記事が財政状況に関する論説なので、こちらも「国債残高/GDP」比率に着目するよ。この「国債残高/GDP」比率を、それぞれの仮定に基づき、数式で表現してみよう。変数はこんな感じでおいてみた。

  • n期の国債残高:D_n
  • n期の国債費(=新規発行額):d_n
  • 国債利子率:r(これは1.83%で一定となっている)
  • n期のGDP:Y_n
  • GDP伸び率:g(これは1%で一定となっている)
国債残高:D_n」を数式で表現してみる


「n期の国債残高:D_n」は以下のように定義されている。

国債残高=前年度末残高の60分の59+新規発行額


これを数式に置き換えるとこうなる。


D_n = ( 59 / 60 ) D_n-1 + d_n  …(1)式


この式に出てきた「n期の国債費(=新規発行額):d_n」は以下のように定義されている。

国債費=前年度末残高の60分の1+前年度末残高×利子率


これを数式に置き換えるとこうなる。


d_n = ( 1 / 60 ) D_n-1 + r D_n-1  …(2)式


では、(2)式の「 d_n 」を(1)式に代入してみよう。


D_n = ( 59 / 60 ) D_n-1 + ( 1 / 60 ) D_n-1 + r D_n-1


「 D_n-1 」で右辺を整理すると、


D_n = { ( 59 / 60 ) + ( 1 / 60 ) + r } D_n-1


うん、なんか単純な数式になりそうだね。カッコのなかをまとめてみるとこうなる。


D_n = ( 1 + r ) D_n-1


ごく当たり前の等比数列でしたね。一般項も出しとこう。


D_n = D_0 ( 1 + r )^( n - 1 )  …(3)式


ここでの「 D_0 」は初年度の国債残高で定数になるよ(この記事だと「2010年末の国債残高(6,423,459億円)」ってことになるね)。



GDP:Y_n」を数式で表現してみる


「n期のGDP:Y_n」のほうは「成長率:g」を使って、


Y_n = ( 1 + g ) Y_n-1


と表せる。これもシンプルな等比数列ですね。一般項は以下のとおり。


Y_n = Y_0 ( 1 + g )^( n - 1 )  …(4)式


ここで「 Y_0 」は初年度の名目GDPの値になるよ(2010年度のGDPはまだ発表されてないので、野口氏はなんらかの推計をしていると思われる)。



「n期の国債残高/GDP」比率を数式で表現してみる


さて、それでは「n期の国債残高/GDP」比率を求めてみよう。


これは「 D_n / Y_n 」で表されるので、(3)式と(4)式から、


D_n / Y_n = { D_0 * ( 1 + r )^( n - 1 ) } / { Y_0 * ( 1 + g )^( n - 1 ) }


となるね。


もうちょっと見やすくするとこうなる。


D_n / Y_n = { ( 1 + r )^( n - 1 ) } / { ( 1 + g )^( n - 1 ) } * ( D_0 / Y_0 )


たいして見やすくなってないね。


ようはこれって「n期の国債残高/GDP」比率がどう変化するかを考える際には、「 ( 1 + r )^( n - 1 ) 」と「 ( 1 + g )^( n - 1 ) 」の関係だけを見ればいいってことだ(「 D_0 / Y_0 」は一定だから)。


で、この野口モデルでは、「 r = 1.83% 」「 g = 1% 」で一定と仮定されてるから、どうしたって分母のほうが分子よりも大きくなる(「 r > g 」だから)、つまり「国債残高/GDP」比率は時間が経てばたつほど大きくなっていくってことだ。消費税を5%ぽっち増税をしたって結局は財政破綻します残念でしたねさらに増税ですよ覚悟しなという結論を出したくなるが、ちょっと待ってほしい。



消費税増税とか関係なくね?


つ ドーマー条件「名目GDPの成長率が国債の名目利子率を下回る状況では、対GDP比で見た国債残高比率は改善されない」


この分析を通じて野口氏は「仮に消費税増税を行っても、プライマリーバランスはよくならない」と主張されているが、野口氏の定義にしたがって数式を操作した経緯を見てもらえばわかると思うけど、これ別に消費税増税とか社会保障費とか地方交付税とかわざわざ計算しなくても、最初の定義からこの結論はすぐに導き出せるよねえ?


この記事って、「ドーマー条件にしたがってモデルを作ったら、ドーマー条件が成立しました」以上のことを言ってなくね?



つかこの記事には計算間違いがあるんだけど?


この野口モデルでは、国債の利子率を「1.83%」と計算してるんだが、この計算があやしい。該当箇所を見てみると

 ここでは、2010年末の国債残高(6,423,459億円)と2011年度予算における国債費(215,491億円)を上式に代入して得られる利子率(年利1.83%)を用いることとした。


となっている。この文中の「上式」とは、次のことを指すんだろう。

国債費=前年度末残高の60分の1+前年度末残高×利子率


つまり、「利子率:r」を変数として、「国債費」を「215,491億円」、「前年度末残高」を「6,423,459億円」として推計するってことだね。早速代入してみよう。


215,491 = 6,423,459 × ( 1 / 60 ) + 6,423,459 × r


これを計算すると「r=0.01688」となって、国債の利子率は「約1.69%」ってことになるね。あれ?「1.83%」じゃないよ?


どこでこのようなミスが起きたのか全く不明だけど、記事に掲載されてる図表にヒントらしきものが。「2012年の国債費」を見ると、その数字は「224,607億円」となっている。これと「2010年度末の国債残高」である「6,423,459億円」を上の式に代入してみると、その数字は見事に「1.83%」になる。おそらくここで計算ミスが起きたんじゃないかと思うんだけど理由は全く不明。

  • 利子率の推計は、「n期の国債費」と「n-1期の国債残高」から計算されるはずなのに、なぜか「n+1期の国債費」が計算に使われてる?
  • というか、「n期の国債残高」が算出されないと、「n+1期の国債費」は計算できないはずじゃね?
  • 定義から、「 D_n 」と「 d_n 」は等比数列になることはすぐに導き出せると思うんだが、これの伸び率がバラバラになってるのとか気づかないもの?


などなどこの計算間違いについていろんな疑問が沸き上がってくる。Excelのコピペミスなのかな?


ただ強調しておきたいのは、この計算間違いがあっても別に結論にたいした影響はないよ、ということ。正しい国債の利率が「1.83%」ではなく「1.69%」だったとしても、ようは仮定されたGDP成長率「1%」よりも利子率が高ければ結論自体は変わらない。



というか、もっと不思議なこと


この記事読んで不思議だったのは、この記事から「経済学」の臭いが感じられないってこと。この手のモデルって経済学を勉強した人ならすぐに「ドーマー条件」の話だなってピンとくると思うんだけど。Excelで消費税とか地方交付税とか計算する前に気づかないものなのかなー。


あと、このモデルには「動学的」な観点が一切ないことも気になる。たとえば「増税したら消費減らね?」「消費減ったらGDP減らね?(1998年の橋本内閣の消費税増税とかさあ)」「GDP減ったら税収減らね?」「金利が一定ってどうなのよ?」などなどといった視点がないよね? たしかに専門誌に投稿するわけではないんだから、分かりやすい話でいいじゃないかという声はあるんだろうけどさあ。


ついでに言えば、この分析から言えることって、社会保障費を中心とした歳出削減が難しいのであれば、「国債残高/GDP」比率を下げる施策として消費税増税は効果がないよねえということであり、もっと不思議なのは、このような状況下では名目GDPを伸ばすような経済政策が求められるよねえ、という結論が出てこないのはなんでなんだぜ?


なんというか、すごく不思議な感じの記事でした。




「君だよ ミステリーなのは」(c)大泉洋